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サンタクロース~01.怖い顔のトト

1 怖い顔のトト

「トトが来たぞ! 早く逃げないと、食べられちゃうぞ!」
 夕暮れの公園に男の子の声が響き渡ると、それまで遊んでいた子供たちが、足元の落ち葉をかき分けながら一斉にかけ出しました。
「ふんっ!」
 と鼻を鳴らすと、逃げまどう子供にはいっさい目をくれず、公園の中をトトは悠然と歩いていきます。
「ガキどもが、ふざけやがって……」
 髪の毛は、もうほとんどが真っ白。独身で顔は少し釣り上がった目と鷲のような鼻。背が高いのに痩せていて、人付き合いもせず、無口でめったに感情を表に出すことはありません。きっと、子供たちから見れば、怖そうな人に見えたことでしょう。
 もちろんトト本人も自分が子供たちから嫌われている事を知っていました。そもそもトト自身も子供が嫌いでしたからお互い様です。トトは「できれば子供なんかに、関わりになりたくない」とも思っていましたが、仕事の行き帰りにこの公園を通るのが近道だったのです。
「まったく、子供ってやつは生意気だ……」
 そんなトトも昔は明るくて元気な男の子でした。友達と色んな話をしたり、大きな声で笑ったり。夜中に綺麗な星を見てうっとりした事もあったし、母親にオモチャをねだって泣いた事だってあったのです。

 幼い頃、トトは両親と妹の四人で暮らしていました。両親はとても優しい人でした。トトが風邪を引いた時など、母親は一日中側に居てくれてトトが好きな食べ物を作ってくれたし、父親も急な仕事以外は、忙しくても家族揃って食事をとるようにしていたのです。
 妹の名前はフランと言って、トトとは二つ歳が離れていました。性格はおとなしくて少し控えめでしたが、好奇心は人一倍強い女の子でした。それに、彼女はとても愛らしい顔をしていました。目がパチリとしていて、笑うと右の頬にえくぼができました。その笑った顔には肩まで伸ばしたブロンドの髪がとても良く似合っていました。ただ、彼女は生まれつき体が弱く、ほとんど外に出られなかったのです。医者は「残念ですが、予定日より随分と早く生まれたせいです」と言って、悲しそうな顔を見せたのです。それでも、母親は「フランは私たちに、早く逢いたかったんだもんね!」と言うと、フランを抱き寄せて笑ってみせるのでした。
 フラン本人はというと、病気の事をあまり辛いとは思ってはいませんでした。もちろん両親の愛情もあったのですが、なにより兄のトトがいつも側に居てくれたからです。
「僕んちで遊ぼうよ」
 トトは友達と遊ぶ時は必ずそう言って、妹のフランとも一緒に遊ぶようにしていたのです。トトはフランのことが好きだったので、自分だけ外で遊ぶなんて出来ませんでした。たまに外で友達と遊ぶときもありましたが、そんなときはフランが知らない物を絵に描いてあげたり、見たことがない物を拾ってきてあげたのです。
「フラン。これはこのまえ話した貝殻だよ。ここから海までは、とても遠いけれど金物屋のジァスに頼んで拾ってきてもらったんだ」
 フランの目の前には、いろんな色の貝殻がたくさん並んでいます。黄色にピンク、水色とオレンジ色。形も大きさも様々です。
「とても綺麗だわ! おにいちゃんが話してくれたとおり、いえ、それよりもっと綺麗だわ!」
 フランは初めて見る貝にとても興奮しています。トトはフランの予想以上の反応に喜びました。
「そうだろう」
「ねぇ、海にはこんな綺麗な貝がいっぱい落ちているの?」
 目をキラキラさせて、フランが尋ねます。
「あぁ、そうさ!」
 実際には海なんか行ったことがありませんでしたが、トトは得意げに答え、さらに話を続けました。
「海には砂浜があって、そこには貝がたくさん落ちているのさ。あっ、そうだ。ジァスのママは首に貝のネックレスをしていたよ」
 それはとても綺麗なネックレスでした。男の子のトトだって欲しくなったくらいですもの。
「ほんとに! いいなぁ、とてもすてきなんだろうなぁ……」
 フランが貝殻を見つめて少しばかり悲しそうな顔をしています。
「それなら、ママに頼んでこの貝殻をネックレスにしてもらいなよ」
 この提案は、トトがジァスのママのネックレスを見たときに決めていたことです。
「うん!」
 フランは大きくうなずくと、嬉しそうにネックレス用の貝を選んでいきます。トトはその笑顔を見ながら、隣でまだ見ぬ海の絵を描いていました。

つづく ~  02.十一月の出来事


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