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がんばって児童館に通ったけれど"ママ友"ができなかった専業主婦が、今伝えたいこと。

もよ

息子が幼稚園に入る前、私はいわゆる「ママ友」がほしかった。


当時は東京に住んでいて、大阪の実家で里帰り出産をした。そのあと東京に戻ったけれど、すぐに旦那さんの転職が決まって、大阪に帰った。そのとき息子は6ヶ月くらいだった。


引っ越しやら、いろんな手続きやらを終えて、新しい生活に慣れたころ。


なんだかとてつもなく「孤独」を感じるようになった。


昔からの友達とは1ヶ月に数回は会ったりするけれど、近所には気軽に話せる友達がいなかった。会社もやめてしまったので、人生ではじめての「無所属」だ。なんだか宙ぶらりんな感覚で、「どこかに所属している」という安心感って実はすごく人を安定させるんだな、ということに気づいた。




「ママ友がほしいな。ママ友を作るためには児童館かな?」


そう思い立って、児童館に通うようになった。


私は1人でいるのも好きだけれど、ずっと1人でいたいわけではないし、おしゃべりするのは大好きだ。そこまで人見知りではないし、新しい場所に行くときにそこまで緊張するわけでもないので、すんなり児童館デビューを果たした。



はじめて行った児童館。

イベントの日だったので、20組以上の親子がいた。

でもすでに、みんなふんわり顔なじみのようだった。「〇〇ちゃーん!」「久しぶり〜!」「大きくなったねぇ!」みたいな会話が耳に入ってくる。


周りの人たちの会話に耳を傾けていると、じわじわアウェイ感が湧いてきてしまって、自分からだれかに話しかける勇気がなくなってしまった。


私は全員が「はじめまして」の場所では積極的になれるけれど、仲良しグループができあがっていたり、もうすでに人間関係ができあがっている場所に入っていくことがすごく苦手だったことを思い出した。


でも新しい場所に身を置いて3ヶ月くらい経てば、たとえば学校だったらいつも一緒にいる友達が決まってくるし、アルバイト先では自然に会話できるようになるし、会社ではある程度の役割を果たすことができるようになる。

「児童館」という親子だけが集うこの場所で、今はとても居心地がよくないけれど、とりあえず3ヶ月くらいがんばって通ってみよう。じわじわとなじめるだろう。少しずつ知り合いが増えて、その中でママ友だってできるだろう。

そんなふうに心を前向きにして、半年近く児童館に通ってみた。





でもダメだった。

「顔見知り」は増えたし、居心地もそこまで悪くはなくなったけれど、どうしても「ママ友」はできない。


ちなみに、私が求めていた「ママ友」の定義は以下の4つだった。

①連絡先を交換している

②定期的に連絡をとりあって、"待ち合わせ"をして遊ぶ

③子供抜きでも会いたいと思う。しゃべりたいと思う。

④"子供の話"以外の話もできる。たとえば、ハマっているものや好きなものの話とか、昔なにをしていたかとか、どんな人生を歩んできたのかとか。



昔からの友達に「ママ友ができないんよね〜」という話をして、この「ママ友の定義」を話してみたことがある。すると「ママ友のレベル高すぎへん?ママ友を通り越して、ただの友達やん。」と言われた。世間一般では、どうやら②まで達成できれば十分「ママ友」と言えるみたいだった。


どうやら私は、ママ友がほしかったんじゃなくて"友達"がほしかったんだな、とハッと気がついた。





それ以降、「ママ友作り」への熱が冷めてしまって、無理して児童館に通うのをやめた。


そこまで広くない空間に、そこに親子だけがたくさんいて。おもちゃはたくさんあるけれど、取ったり取られたりするイザコザがあちこちで勃発していて、スタッフさんやお母さんたちが仲介をしていて。動き回る息子を常に目で追って、常にまぶたに力を入れて、周りに迷惑がかかったりケガをさせてしまいそうなときは、すぐに注意して。


児童館はある人たちにとっては「大切な居場所」なんだと思うけれど、私にとっては、かなり"疲れる場所"だったんだと気づいた。



児童館にいる時間はほんの少し「孤独」がまぎれるので平気なフリをしていたけれど、本当はすごく無理をしていたのかもしれない。児童館からの帰り道、自転車をこぎはじめるといつもホッとした。顔に夕方のやわらかい風が当たると、やっと息が吸えるような気がしたものだ。



というわけで、

そうこうしているうちに息子がしっかりと歩くようになってきた。そうなってくると、私は息子と公園をブラブラするのが1番気楽だということに気づいた。


公園は"時間"が決まっていない。いつ行っていつ帰ってもいい。

取り合うようなおもちゃはない。

居合わせた子と遊具の取り合いをして、泣いたり叫んだりしてしまっても、その声は深く深く続く空が吸い込んでくれる。時に早く時にゆっくり移動する風が、それらの声をさらってくれる。

息子は風通しのいい広々とした場所で、全力で走り回れる。私はまぶたをゆるめて、安心して息子を見守ってあげられる。



そして、

平日の午前中の公園は、がらんとしている。貸し切り状態の日もあれば、何組かの親子が遊んでいるときもある。でも、土日の公園のように混むことはなかったし、5組を超える日は絶対になかった。


平日の午前中の公園では、だいたいの親子が「お母さんと子供」の世界で遊んでいた。ママ友と待ち合わせをして遊んでいる親子には不思議とあまり出会わなかった。たまに子供同士が交われば言葉を交わしたりするけれど、子供同士が離れればお母さん同士もふわっと離れて、また「お母さんと子供」の世界に戻る。


その距離感がすごくいいな、と思った。

なんて居心地がいいんだろう、と思った。




「ママ友を作ろう!」と意気込んでいるような人もいなかったし、かといって「私に話しかけないでください!」みたいな雰囲気もない。無理なく会話はするけれど、無理に会話をしようともしない。


でもそうやってそれぞれが心地よく過ごしていると、「なぜかいつも居合わせる親子」がいたりする。顔を合わせているうちに子供同士が仲良くなったり、ママ同士も自然体で話せるようになっていく。




連絡先も交換しないし

待ち合わせをしたりもしないし

ごはんをいっしょに食べたりもしないし

お互いの家を行き来したりもしないけれど


私と息子が快適なペースで過ごす中で、
なぜかいつも会う人たち。

自然体で過ごす中で、生活が交わる人たち。


その人たちはきっと、生活リズムが似ていたり、「心地良い」と感じることが似ていたり、「良い」と思うことが似ていたりする人たちなんだと思う。


その人たちはもしかしたら、私が求めていた「友達」の候補なのかもしれない。


でも息子の意志がはっきりし始めていた当時は、そのくらいのゆるい関係が心地よいのかもしれないな、と感じるようになっていた。「ばったり会ったら、そのときはまたあそんでね。」くらいのゆるい感じ。


「遊ぶ予定がある」ということは孤独がすごくやわらぐけれど、「待ち合わせをする」って意外とストレスがかかるものだ。「待ち合わせ」のある日、私はイライラしやすかった。「時間」というものが存在していない生まれて数年の息子のリズムのようなものを、無理やり私の都合でねじ曲げているような感覚になることがあったし、ねじ曲げたリズムの中で過ごす息子は必ずこじれて不機嫌になりやすかったから。


なので今は、私と息子のリズムで、私と息子が心地よいと感じる場所で過ごしながら、「会えたらうれしい顔見知り」が街の中に少しずつ少しずつ増えていく感覚をただただ楽しもう、と思うようになっていった。




さて。

息子が幼稚園に入ってからは、息子と離れる時間ができた。すると、ずっとお腹の底に感じていた「孤独」のようなものがほとんどなくなっていった。


それは息子が幼稚園に通い始めて、「所属」することによってできた"ママ友"ができたからかもしれないし、

月に数回は1人で電車に乗って、自分が本当に会いたい"友達"と、思う存分集中して話せる時間ができたからかもしれないし、

旦那さんが平日休みのときに2人でランチに行って、息子にさえぎられることなく話せる時間ができたからかもしれないし、

アルバイトをはじめて、関わる人が増えたからかもしれないし、

こうやって発信をはじめて、ネットの中でゆるくつながれる方たちがいるからなのかもしれない。




でも今でも、息子が幼稚園に入るまでのあの独特な「孤独」を思い出すと、ギュッと胸が苦しくなる。


上手に"ママ友"や"友達"を作って、あの「孤独」を感じずに子供と楽しく過ごすママさんもいるのかもしれないけれど、私にはうまくできなかった。





もし当時の私と同じような気持ちの中で、この記事を読んでくれている方がいるとしたら。



私もママ友をうまく作れなかったよ。

すごく孤独を感じていたよ。

でもその孤独には「終わり」があったよ。


そう伝えたい。


私にはあの独特な「孤独」を解消する方法はわからないから、そんなことしか伝えられないけれど。

でも「同じように感じているママさんがいるんだ。私だけじゃないんだ。」と知ることで、ほんのちょっとだけでも孤独がゆるめばいいなと願いながら、この記事を書いた。





仕事をしながら赤ちゃんを育てるママさんは、きっと「時間」との戦いなんだと思う。

そして、「無所属」の中でうまくママ友や友達を作れなかった専業主婦の私にとって、赤ちゃんを育てるだけの日々は「孤独」との戦いだった。


私のようにちょっと不器用で、人間関係を築くのに時間のかかるママさんも、たくさんいると思うのだ。


そんな私のようなママでも「孤独」を感じずに子育てできる環境ってどんな環境だろう。


昔みたいに、おじいちゃんとおばあちゃんが同じ家に住んでいたり、近所にちょっとだけ見ていてくれる人がいたり、という感じを想像すると、私は1番ホッとする。


「ママだけが集う場所」というよりも、いろんな世代の人たちがみんなで助け合いながら暮らすような場所に私は安心を感じる。


「ママだけが集う場所」って案外"不自然"なのかもしれないなと最近思うのだ。




「地域の中で子育てをする」

そんなフレーズを最近よく耳にするから、きっと私と同じように感じている人はたくさんいるんだろうと思う。


そんな環境を作る方法は私にはわからないけれど、あの独特な「孤独」を感じた1人のママとして、「ママが孤独を感じない地域作り」を陰ながら応援している。


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