冬にありがちな、ママと息子のケンカの理由。

「今日は土曜日か。今日はりんりんとあそびたくないな。1人でのんびりしたいよぅ。気分が乗らないよぅ。」

土曜日の朝、目が覚めてボンヤリと白い天井を見上げながら、そんなことを思った。



「今日はりんりんと何しようかな？どこかに出かけるか、のんびり過ごすか・・・」

「今日は〇〇に行きたい気分だ！りんりんはどうかなぁ。」


そんな前向きな日もある。どんな気分の日かは、朝起きてみないとわからない。だから休日の予定は、その日の朝起きてから決めたいタイプだ。

平日に働きはじめてから、息子と過ごす時間がかなり減ったので、休日はじっくりと息子と関わって過ごしたいなと思っている。なので、「私の朝１番の気分」と「息子が楽しめること」をすり合わせて、"今日を一緒に楽しもう"という気持ちを自分なりに盛り上げることが多い。


でもどうしても気分が乗らない日がある。そんな日はできるだけ「えいっ！」と重いお尻を叩いて外に出るようにしている。出かけてしまえば外の刺激に助けられて、案外気分が変わって楽しめたりするからだ。

「今日はぼくお疲れだから、外には行かないよ。」

だからそう言われたときは途方に暮れた。面と向かって「外には行かない宣言」をされたのははじめてだった。朝から晩まで幼稚園に行く日々の疲れが蓄積しているのかもしれない。そうじゃないにしても「息子の今日の気分」を無視するわけにはいかない。私が「今日の気分」を大切にするように、息子の「今日の気分」だって大切にしてあげたい。

でも私は今日、気分が乗らないのだ。

さてどうしたものか。

午前中は、私がたまった家事をしている間、父ちゃんが絵本を読んだり遊んだりしてくれていた。そのあと男組はソファに並んでテレビを見ていた。私は別に今日しなくていい用事まで引っ張り出してきて、できるだけ男組で過ごしてもらう時間を引き延ばした。

チラッ。チラッ。

息子からの視線を感じる。目がバチッと合うと「母ちゃん、早くあそぼ！」と言われるので、うつむき加減で忙しいフリをする。


そうしているうちにお昼になって、昼ごはんを作って食べた。さすがにもうこれ以上は逃げることができない。


ここから4〜5時間、息子と向き合おうと腹をくくった。

「クッキーでも作ろうか！」

そう提案してみた。お菓子作りは時間が経つのが早いし、作り終わったあとに食べる楽しみもある。でも材料が家になかった。なにか家にあるもので作れるおやつはないかな、と探していると、じゃがいもが5つ転がっていた。けっきょく人生はじめての「お家でフライドポテト」に挑戦してみることにした。

じゃがいもを切ってもらったり、小麦粉をまぶしてもらったり、揚げてもらったり、塩をふってもらったり。時間はたっぷりあるので、作り方をスマホで調べて伝えながら、ゆっくり息子にやってもらった。１時間半くらいかかって出来上がったフライドポテトはちょっと焦げてしまったけれど、まあまあおいしかった。


だんだん気分が盛り上がってきて、そこからは折り紙したり、切り絵したり、リボンを割り箸にくっつけて"新体操ごっこ"をしたり、そのリボンの先にチュール（ネコのおやつ）をくっつけて、猫釣りをしようと試みたり。（猫たちは寄ってきてはくれたけれど、もちろん釣れはしなかった。）


案外私も楽しめた。

「あ〜今日は最高の日だな！」

遊んでいる途中、唐突に息子はそう言った。その言葉を聞いて私はうれしかったし、そしてホッとした。

気づいたときには5時半で、外は真っ暗になっていた。お風呂をわかしてから、外に干していた洗濯物を部屋の中に戻そうとベランダに出た。


外の空気は、家の中よりもさらにヒヤッとしていて、体がブルッと震えた。

気分を切り替えてよくがんばったぞ、私。りんりんも楽しそうだったし、よかったよかった。

自分の気分となんとか折り合いをつけて、丁寧に息子と向き合って過ごした達成感がじわじわと湧いてくる。

それと同時に、ドッと疲れがやってくる。

フライドポテトをたくさん食べたからか、なんだかお腹が重くて眠たいし、夕方あたりからだんだん冷えてきて、手足が異様に冷たかった。

ふとマンションの下を見ると、管理事務所の前にある大きな木がキラキラとライトアップされていた。忘れていたけれど、今日はイルミネーションの飾り付けの日だった。そういえば「イルミネーションの飾り付けのお手伝い募集！」の掲示板を見て、りんりんが行きたいって言ってたな。残念、終わっちゃったのか。



「りんりーん！クリスマスツリーがキラキラ光ってる！」

私がベランダから息子を呼ぶと、ドドドドドッと音をたてて走ってきた。私が抱っこをすると、ベランダの塀よりも背が高くなって、下をのぞきこむことができる。

キラキラ光るクリスマスツリーを見るやいなや、息子は急に怒った調子で私に言った。

「ぼく飾りつけのお手伝いしたかったのに！なんで連れていってくれなかったん？母ちゃんのバカ！」


息子にはじめて「バカ」って言われた。私は大阪人なので「アホちゃう！？」と冗談っぽく言うことはあっても、バカという言葉は使ったことがない。どこで覚えてきたんだ、息子よ。それにもしかしたら私、バカと言われたのは人生ではじめてかもしれない。バカという言葉のインパクトが強すぎて、なんと答えたらいいのかわからくて黙っていたら、息子が追い打ちをかけるように言った。

「あーあ！つまんない！今日はつまんない日だったわ！」



息子がそう言った瞬間、急にグワッと頭に血がのぼっていくのを感じた。お腹の底から湧き上がってくる黒い言葉たちが、私が止めるよりも先に、口からどんどん溢れていく。

「あのさ！今日昼から母ちゃんとあそんだよね！？つまんない日とか言われたら悲しいんだけど！」


「楽しかったけど・・・」


「じゃあなんでつまらなかったとか言うん！？それにりんりん今日疲れてるから外に出たくなかったんやろ？母ちゃんが覚えてたとしても、ツリーの飾り付けなんて行かれへんかったやん！」

「・・・・」

「お風呂入ってくる！」



そう言い捨ててお風呂に逃げ込んだ。

やってしまった。せっかく１日が楽しく終わろうとしていたのに。


でも、ムカつくムカつくムカつくー！


お風呂の扉を荒々しく開けて、シャワーをひと浴びして、ザブン！と荒っぽくお風呂に飛び込んだ。


足の先がジンジンする。
手の先もジンジンする。


温かいお湯にしばらく浸かっていると、手足のジンジンがなくなっていった。

温かいお湯は、冷えた私の体を温めて、冷えた私の体は、温かいお湯の温度をちょっとだけ下げた。お湯と私の体が、だんだん同じ温度になっていく。

荒っぽく飛び込んで揺れていたお湯は、もう揺れていない。シャワーから垂れる雫の音が聞こえそうなくらいに、シンッと静まり返っている。

あれ？どうしてあんなに怒ってしまったんだろう？

頭にのぼっていた血が、下へ下へと戻っていく。温かいお湯がそれを手伝ってくれているような気がした。


そこまで深い意味なんてないであろう息子の一言なんてフワッと受け流して、「そんなにクリスマスツリーの飾り付けしたかったの？来年は忘れないようにカレンダーにメモしとくからね！」って言ってあげられたらよかったのに。せめてもう少し柔らかい言葉で「つまらない日なんて言われたら、今日りんりんと一緒にあそんでいた母ちゃんは悲しい気持ちになっちゃうよ」ってただ自分の気持ちを伝えられたらよかったのに。


あんなに怒らなくてよかった。
怒る必要はなかった。
あとでちゃんと謝ろう。



体が温まったら心も温まって、落ち着いた気持ちでそんなことを思いながら、お風呂からあがった。

「お風呂どうぞ。」

私が息子と父ちゃんにそう言うと、息子はうつむいたまま目を合わせずに、私の横をスッと横切った。うぅ、気まずい。



息子がお風呂からあがったら、自分から謝ろう。

そう決めて、夜ごはんを作り始めた。

しばらくすると、息子と父ちゃんがお風呂からあがる音がした。

息子の足音がどんどん大きくなって、私の方に近づいてくる。

「母ちゃん、さっきはごめん。」



背中からそんな声が聞こえてきた。クルッと振り向くと、真っ裸の息子が、チョコンと立っていた。キューピーちゃんみたいだ。

ホッペはピンク色になっている。全身から湯気があがっているように見えた。

「母ちゃんもさっきは怒っちゃってごめんね。」


私がとっさにそう謝ると、息子がニカッと笑った。

「父ちゃん、りんりんと仲直りしたよ。りんりんが先に謝ってくれた。うちもお風呂入ったらなんかどうでもよくなっちゃった。」


少し遅れてお風呂からあがってきた父ちゃんにそう告げると、父ちゃんはアハハと笑った。

私の身体がポカポカしている。
心もゆるんでいる。

息子の身体がポカポカしている。
心もきっとゆるんでいる。


冷たい体でケンカして、
温かい体で仲直りして。

冷たい心でケンカして、
温かい心で仲直りして。



表向きのケンカの理由は、「バカってはじめて言われて戸惑った。気分が乗らないのに、なんとか気持ちを盛り上げて一緒に遊んだのに、つまらなかったと言われてムカついた。」なのかもしれない。


でもその理由は、今日はなんだかしっくりこない。同じことを言われてもムカつかない日だってあるのだ。





寒かったからだよ。暖房もつけずに遊んでたから、手先も足先もめちゃくちゃ冷たくなってたでしょ？お風呂入ったらどうでもよくなっちゃったでしょ？


ふと心の声が聞こえた。




私は冬が苦手だ。
寒いのが苦手なのだ。


さっきの私はどうやら、寒くてイライラしていて、やわらかい言葉で言えば伝わることを、トゲトゲした言葉で伝えてしまった。

ああ、恥ずかしい。子供っぽい。しょうもない。

そしてふと、ツリーを見せるために息子を抱っこしたとき、触れたホッペが異様にヒヤッとしていたのを思い出した。

もしかしたら息子だって、寒くて心が縮こまっていて、言葉にトゲが生えてしまったのかもしれないなと思った。


お風呂で体が温まったあと服も着ずに、「さっきはごめん」とちょっぴり大人っぽい調子で自分から謝ってくれた息子の、真っ赤なホッペとキューピーちゃんみたいな体を思い出すと、なんだかクスッと笑えてきた。

ちゃんと話し合って、お互いの気持ちを伝えあわないといけないケンカもあると思うけれど。


もしかしたらほとんどの場合、

寒かったからとか
お腹が空いていたからとか
お腹がいっぱいすぎて体が重かったからとか
眠かったからとか
疲れていたからとか

自分の体が心地よくなくて、誰かの言葉を受け止める器のようなものが小さく小さくなってしまっている時なのかもしれないな、と思った。




イライラしている理由を
モヤモヤしている理由を
深く考えることが大切なときもあるけれど。


その前に、

温かいお風呂に入って
お腹をいい具合に満たして
睡眠をしっかりとって
ほどよく休んで。


そんな当たり前のことをちゃんと自分にやってあげるだけで、ほとんどのイライラやモヤモヤは消えてしまっていることだって多いのかもしれない。

温かくなった体と心で、そんなことを思った。