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「ちゃんと」していない部分が、愛おしい。

もよ

友達が私のnoteを見てくれて、
「ごはん、ちゃんとしてるねぇ」って
感心された。


【記事】31個のおふくろの味
https://note.com/tomoyo2020/n/nf104106a98b3



「ちゃんとしてるねぇ」と言われると「そんなことないよ」という部分を見つけたくなる。逆に「もっとちゃんとしなよ!」とか言われると、「ちゃんとしてるところもあるんだよ!」という部分を見せたくなる。


人間ってめんどくさい。
そしておもしろい。



「ちゃんと」って何回も言っていると、なんだか「ちゃんと」の意味がよくわからなくなってきたけれど。

今日は、毎日のごはん作りの中で、私の「ちゃんとしていないところ」について書こうかなと思った。





一見、「ちゃんと」している夜ご飯。

でもよく見てみると、
「ちゃんと」していない部分がある。



はい、ここです。

「切っただけきゅうり」。


毎日のごはんの中で
この正方形のお皿の上には
いつも「素材」が乗せられることに
なっている。


レパートリーは4つ。

切っただけきゅうり
切っただけトマト
切ってレンジでチンしたブロッコリー
切ってごはんと一緒に炊飯器で蒸した
にんじん


その素材に、マヨネーズをつけて食べる。


なかなかおいしい。
なにより、偏食の息子が嫌がらずにパクパク食べてくれる。



この「ちゃんと」しなくてもいいお皿のおかげで、私はごはんの準備がだいぶ楽になった。




まず、ごはんを炊く。

そして、お味噌汁をつくる。具はいつもいっしょ。しめじと、大根と、油揚げ。

メインは31個の中から選んで作る。
ここはがんばる。

隙間時間に野菜を切る。


だいたい30分かからないくらいで
夜ごはんは完成する。




私は「献立を決める」という部分が1番苦手だったし面倒だった。そして、メインはともかく「もう一品」を決めるのが特に苦手だった。なので、ある程度の流れやパターンを決めるようになってから、そして「もう一品」を「ちゃんと」することを諦めてから、ごはん作りの負担が一気に軽くなった。



本当に毎日のことだから

がんばるところと
ゆるめるところのメリハリをつけないと
続けられない。



完璧主義なところがある私は
ゆるめるのが苦手で
いつも「ちゃんと」しようとしていたけれど
ヨガやレイキを学び始めてから
「ゆるめること」の大切さを知った。



息を吸ってばかりはいられないし
吐いてばかりもいられない。

ずっと立ってばかりはいられないし
ずっと座ってもいられない。

ずっと動いてはいられないし
ずっと止まってもいられない。



吸うのも大事。吐くのも大事。
立つのも大事。座るのも大事。
動くのも大事。止まるのも大事。

がんばるのも大事。
ゆるめるのも大事。

この世のすべてのものは
バランスでできているんだと
身体で感じた。



今でも意識しないと
「ちゃんと」に傾きすぎてしまう。

でも意識すれば
「ちゃんと」に傾きすぎていたことに気づいて、ゆるめることができるようになった。





「ちゃんと」って何なんだろうかと
ふと思う。

やるべきことをぬかりなくやっていること?
きれいに整っているということ?
一般的に恥ずかしくないこと?
立派にみえること?


「ちゃんと」しようとしているのに
「ちゃんと」の意味がよくわからないなんて
なんだかおかしいなと思う。



それなのに、4歳の息子に対して
この「ちゃんと」という言葉を
私は使っているなと今気づいた。


「ちゃんとごはんを食べて」
「ちゃんと片付けしてよ」
「ちゃんと前をみて歩いて」
「ちゃんと挨拶しなよ」
「ちゃんと話をきいて」
「ちゃんとごめんなさいして」


息子が「ちゃんと」という言葉を使っているのをまだ聞いたことはないけれど、大人が想像する以上に一つ一つの言葉をそれこそ「ちゃんと」聞いている息子。


私はもしかしたら、「ちゃんと」していたら良くて、「ちゃんと」していないのがダメだということを、息子にじわじわと伝えてしまっているのかもしれないなと思った。


言葉の力は思っている以上に大きくて
無意識の領域にしみついて残る。

大好きなお母さんがよく使う言葉なら
なおさらだ。


これからは「ちゃんと」という言葉をできるだけ使わないようにしたいなと何となく思った。




家の外では「ちゃんと」しないといけない場面がほとんどだ。

学校や仕事場では、「ちゃんと」していないと注意されるし、「ちゃんと」している人が褒められる。だから「ちゃんとしなきゃ」と思う。


それなら、家の中では「ちゃんと」しないようにしないとバランスがとれない。


ゴロゴロしたり
ダラダラしたり
テレビばかりみたり
お菓子をバリバリ食べたり
夜ふかししたり。


お母さんは、そんな「ちゃんと」していない息子に「大好きだよ」と伝えるのが仕事なのかもしれないなと思った。







もうできるはずなのに、家の中では自分で食べない、自分で着替えない、自分でトイレに行かない、そんな手のかかる息子は、なんとか自分でやらせようとする私にこう言う。


「ぼく、幼稚園ではがんばってるよ!」



その言葉を聞くと、「もう〜」と言いながらついつい手伝ってしまう私は甘々なお母さんで、「甘やかしすぎだから、いつまでも1人でできるようにならないんだよ」と言われたら反論できない。


でも、まだ産まれて4年しかたっていない息子には、できるだけ早く身の回りのことを全部1人でできるようになるよりも、大切なことがあるような気がするのだ。


自分でやってみたり、甘えたり、自分でやってみたり、甘えたり。


「がんばった後に戻る場所はここだよ」と伝えることも、お母さんの仕事なのかもしれないなと私は思う。




ついつい子供に「ちゃんと」させようとしてしまうけれど、今日考えたことをできるだけ忘れないようにしたいなと思った。





・・・「切っただけきゅうり」の話から、こんなところまで考えてしまった。どうでもよいささいなことから、ぐるぐる思考が働いて、どんどん深みにハマっていくのは、私の頭のクセだ。


これを頭の中だけで続けていると終わりがない。でも文字として形にすることで、1度そのことについて考えるのを終わりにできる。頭の中がスッキリして気持ちがいい。noteというこの場所に感謝だ。




最近、どんなことを考え始めても、最終的に子育てのことに行き着いてしまうことが多い。


息子には「〇〇な子になってほしい」というのはなくて、ただ自分らしくのびのび人生を楽しんでほしいとだけ思っていて。

そのはずなのに「自分の思い通り」にしようとコントロールしてしまいそうになるときがあってハッとする。




10ヶ月の間、自分の一部だった息子が
へその緒を切って「別々」になった。

息子の「ちゃんと」していない部分を愛することは、自分を愛するということに限りなく近いように感じている。




「ちゃんと」を手放し続けること。

自分の「ちゃんと」していない部分を愛おしいと思うこと。


息子との生活を通して、
私は私の課題に
取り組んでいるのかもしれない。

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