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HSPという言葉で「ゼロ」に戻る。

もよ

最近、HSPという言葉を知って、妙に気になって、本を読んだり調べたりしていた。


※HSPは「敏感な人」のこと。くわしく知りたい方、妙に気になる方は、ぜひ調べてみてくださいね。たくさんの本やサイトがあります。ここではHSPを知っている方に向けて、私の感じていることを書いています。  



HSPかどうかのチェックリストが
無料でネットに公開されてあるので
心理テストをするような気楽な気持ちで
やってみると

Yesが多すぎる。


HSPの子供バージョンが「HSC」で、
息子もYesばかりだろうなって
なんとなく予想した。

予想通り、Yesばかりだった。


「これは私と息子の説明書だろうか」
と思うくらいだったので
思わず笑ってしまった。


どうやら、
私と息子はHSP&HSCらしい。





私はヨガのインストラクターを経て、今はナチュラルレイキを実践したり伝えたりしていて、すごく生きやすくなったけれど、長い長い間すごく生きづらかった。

そして、
自分はとてもつまらない人で
ダメな人なんだって思っていた。


理由は無限にある。

みんなの中にうまく溶け込めなかったこと。
学校に行くのがしんどかったこと。
みんなが笑っていることで笑えないこと。
クラスの大半が夢中になっていることに
興味をもてなかったこと。
テレビをみるのがしんどいこと。
引っ込み思案で、
面白いことを言えなかったこと。
人が多いところで異様に疲れてしまうこと。
体育の時間が憂鬱だったこと。
心の底でイベントや行事ごとを面倒くさいと
思っていて、日常生活が戻ってくるとホッとしてしまうこと。


まだまだ、数え切れないほどある。



楽しそうに学校に行き
友達がたくさんいて
みんなの中に馴染んで
おしゃべりして笑っている。
体育の時間が来ると嬉しそうな顔をして
休み時間には運動場でドッチボールをする。
遠足や旅行などでは友達と楽しく過ごし
運動会や文化祭などの行事は
一生懸命取り組んで生き生きしている。


そんな女の子になりたかった。

というよりは

先生やクラスメイトや家族や
自分の周りの人すべてに

そんな女の子になることを
求められているような気がした。

面と向かって言われたわけではないけれど
ちょっとした言葉のニュアンスや
ちょっとした表情の変化で
なんとなくわかってしまう。 


そんな女の子が「良い」のなら
私は「ダメ」なのだ。

シンプルにそう感じていた。




勉強をするのが1番簡単だ。
がんばればがんばるほど
わかりやすく成績がよくなるからだ。

でも、

活発にふるまうことはできても
心の底から活発になることはできない。

学校が楽しいふりをすることはできるけれど
心の底から学校を楽しめるわけではない。

みんなに合わせて
のどから笑うことはできても
お腹の底から笑うことはできない。

興味のあるふりをすることはできても
自分の心が踊ることにウソはつけない。

嫌じゃないふりをすることはできても
心の底から湧き上がる「嫌」に
蓋をすることはできない。



でも、なんとかうまくやっていたと思う。

いじめられたり
孤立しすぎたり
不登校になったりしなかった。

でも、本当の自分をさらけ出して
心を全開にして過ごしていたら
きっといつでもそうなれた。

なれたらよかったのかもしれない。



「学校に真面目に通い
成績がよくて
友達もほどよくいて
普通に楽しそうに過ごしている。

人間関係に悩んだり
何事も続かなかったり
情緒不安定なところも少しあるけれど

まぁ思春期なんてそんなものよね。」


私は周りの人たちにとって
そんな可もなく不可もなくの女の子だったに
ちがいない。



もちろん、
その時々で仲の良い友達もいたし
楽しいこともたくさんあった。

でも、いつも自分の本当の居場所を
探していた感覚を覚えている。


演じなくても、隠さなくてもいい世界。
自分の感じたことをむき出しにできる世界。
ただ存在しているだけで愛される世界。

そんな世界で生きてみたいなと
思っていた。



大人になった今、

私はやっと、そんな世界で
生きているような気がする。



自分をさらけ出しても
好きだよと言ってくれる旦那さんと

母というだけで
無条件に愛してくれる息子と

いつもフワフワな身体で
そっと寄り添ってくれる2匹のニャンコ。

気の合う友達が何人かいて
何も気にせずおしゃべりして笑い合う。


息子は幼稚園バスに乗って幼稚園に行く。
マンションの下までバスが来てくれる。
一緒のバス亭から乗る3人の親子さんたちは
みんなとっても穏やかだ。


こうやって文章を書いていると
共感してくれる方たちが
自然と集まってきてくれて
ゆるりと関わる。


私は私が求めていた世界で
今やっと生きることができている。




それは、

ヨガとレイキを学んだり実践していく中で

「ゼロ」に戻れたからだと思っている。




私は自分が「マイナス」だと思っていて
それを「ゼロ」に戻そうと必死だった。



人生を謳歌していたり
人生を幸せに過ごしている人はきっと

「ゼロ」を「プラス」に

もしくは

「プラス」を「さらにプラス」にするために

日々楽しみながら工夫したり努力したり
しているんだと思う。

別に今のままでも十分幸せなので
なんだか余裕があるのだ。




逆に、今の自分はダメだから
とりあえず「普通」にならないと!
とがんばっていた私は

余裕がなく、必死だ。


深刻で、こわばった顔で、
肩に力が入り、いつも緊張していた。


うまくいくはずがない。



でも

「良い」「悪い」という思い込みを

ヨガやレイキを学ぶ中で
少しずつ手放していくことで

ガチガチに固まった心と身体が
少しずつゆるんでいった。




私はそのままでよかったんだ。

私が勝手に
ダメだと思い込んでいただけだったんだ。

私は何を感じても
何を選んでも
何が好きで何が嫌いでもいいんだ。

自分の心の底から湧いてくるものが
自分にとっての正解なんだ。



そのことを
身体の感覚で感じさせてくれたのは、
ヨガだったし

そのことを心の奥深くで理解し、
腑に落とすきっかけをくれたのは
レイキだった。



私にとってのヨガやレイキが

「HSPという言葉」だという人が

きっとたくさんいるだろうなって思うのだ。




HSPという気質があることを知って、

自分がダメだったわけじゃなくて
ただそういう気質を
持っていただけだったんだと気づくことで

「ゼロ」に戻ることができる。

気質をただ持って生まれてきただけなので
「良い」も「悪い」もないからだ。



気質を変えることはむずかしいから

それならば
この気質が生かされるのは、
この気質がメリットになるのは

どんな場所だろうか?
どんな人たちとの関わりだろうか?
どんな仕事だろうか?

と、やっと「プラス」に向かって
歩みはじめることができるのだ。



「マイナス」から、いきなり「プラス」にたどり着くことはできない。

「ゼロ」を通ってはじめて
「プラス」に向かっていくんだと思う。




マイナスの中で生きる苦しい人たちに
人生の中で「ゼロ」に向かう機会が
与えられる瞬間がある。

それは、私にとっては
ヨガやレイキ。

そして誰かにとっては
HSPという言葉。

その他にも
きっとたくさんあると思う。


でも、目指すところはすべて一緒。

「ゼロに戻ること」なのだ。





忘れてはいけないなって思うのは

「ゼロ」に戻っただけだということだ。





そこから「プラス」に向かうための答えを

ヨガやレイキやHSPは
教えてくれない。



「ゼロ」に戻ったら

せっかく人間として今生きているのだから
自分の頭で考えて
動き回る心で精一杯感じて
手と足を使って思う存分行動してみる。

自分にとっての幸せは何なのか
自分は何をして生きていきたいのかを
自分で決める。




「ゼロ」に戻れた私たちの人生は、

今からが本番だ。

今からがお楽しみだ。



だから「ゼロ」に戻ったら
「ゼロ」に戻るきっかけをくれたものに
ありがとうという気持ちを伝えて

手放すくらいがちょうどいいんだと思う。



HSPだから、〇〇がつらい・・・
HSPだから、私は〇〇で困っている・・・

そんな言葉をよく見かけるけれど、

HSPだということを
ずっと握りしめていたら
きっとずっと不自由だ。






私は家にいるのが大好きです。
ずっと人といるのは疲れるので
1人の時間が必要です。
たくさん人のいるところは苦手なので
できるだけ避けます。
怖い映画や暗いニュースを見ると
次の日まで気分が落ち込むので
関わらないようにしています。
仕事はほとんど長続きしませんが
コンビニの夜勤のアルバイトは
なんだか気楽で続いています。
文章を書くことが好きだし得意なので
文章を書くことを仕事にしたいです。

ナチュラルレイキを文章で伝えて

その文章が
「マイナス」から「ゼロ」に戻る
誰かのきっかけになれば

私は嬉しいです。



ゼロに戻った私は

弱気になるわけでもなく
強気になるわけでもなく
卑屈になるわけでもなく
傲慢になるわけでもなく
誰かの顔色をうかがうこともなく

今の私の状態や
今の私が感じていることを
淡々と伝えることができるようになった。



なんて自由なんだろう。

なんて無理がないんだろう。




もちろん、これからもいろんなことが
あると思うし

マイナスに傾いてしまうときも
あると思う。


でもそれは
HSPの人に限ったことではない。


どんなに明るく元気に見える人でも
どんなにうまく生きていそうな人でも

かつて私がそう演じていたように
かつて私がそうふるまっていたように

みんな何かしらの
「マイナス」を隠しながら
生きているんだと思う。


「マイナス」の種類はちがうかも
しれないけれど

誰しもが
「マイナス」を「ゼロ」に戻す過程が
人生の中で何回かは訪れるのかもしれない。




みんな苦しいときもある。
みんな楽しいときもある。

みんな根本的には同じだ。



みんなそれぞれ
そのせまい身体の中で
その動き回る心をコントロールして
その場所で
その人なりに
がんばっているよね。

私もあなたもがんばっているよね。



そんなふうに思えたら

たとえマイナスに傾いたときだって
深刻になりすぎず

プラスに向かうときにも
余裕をもって 

自分に優しく
周りの人たちにも優しく

「ゼロ」を中心に
人生を楽しめるような気がする。





HSPという言葉を知って
自分に当てはまりすぎていたとき

「ヨガやレイキと出会う前だったら、
とても救われていただろうな」と
思ったけれど

そこまで心を動かされることはなかった。


ただそういう言葉があって、
私はその気質にぴったりだなと
思っただけだった。



でもおそらくHSPである私は
HSPの人たちと共感しあえることは
まちがいない。

きっと仲良くなりやすい。



それなら「私はHSPです!」と名乗って

共感しあえそうな人と出会えそうな場所に
自ら踏み込んでいきたいなという気持ちが
湧いてきた。


HSPという名前を作ってくれた人に
感謝したい。似た感覚を持っている人同士を出会いやすくしてくれたのだ。




そんな気持ちを込めて

今日はHSPについて感じていることを
書いてみました。

HSPの方に共感してもらえたら
うれしいし、ご縁があれば嬉しいです。


最後までお読みいただき
ありがとうございました。

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