SNS誹謗中傷問題を読み解く一冊 『ルシファー エフェクト』
春のコロナ自粛期間中に暇つぶしの一環で、何気なく足を踏み入れてみた心理学が意外と面白くて、どっぷりハマっております。
最近はストレングスファインダー分析からのフィードバック、マインドフルネス精神の再現方法などについて勉強中。
心の有り様は知れば知るほど、ふか~い世界です。
善良な市民が悪事に手を染める時
自分が今まで読んできた書籍内でも、特に印象深かったセレクショントップ5にノミネートしている一冊を紹介します
心に潜む闇の観点から、人の思想や行動を詳しく分析した社会心理学の核心に鋭く切り込んでいる
「ルシファー・エフェクト」普通の人が悪魔に変わるとき
タイトルのルシファーとは、ゲームや物語にもよく登場する、善と悪の二つの属性を持つ存在です。
一般的に「神の権威に逆らい、天使から堕落して魔王と化した堕天使」として認識されています。
「人間はなぜ悪の行動へ導かれてしまうのか?」
思考・感情・行動といった内的要因に善悪の分かれ道があるのではなく、社会心理学者の観点から外的要因(状況の力)に起因されるというテーマで、人間の行為を深く理解するには、個人の力、状況の力、システムの力の範囲と限界を認識するのが不可欠であると説いています。
この本の前半部では、模擬刑務所という環境下で、学生たちを無作為に囚人役と看守役に役割を振り分けして、各自の行動がどのように変化していったのかを、当時の被験者たちの証言も併せて、詳しく描かれています。
この心理学実験は、時間の経過と共に大変おぞましいものに変化していくのですが、そのリアリティーな様子に、読んだ当時は強い衝撃を受けた覚えがあります。
内容をざっくり要約すると
・囚人役の学生たちが、刑務所の階級構造を自然と受け入れて、不当な扱いにも従順化されていく
・看守役の学生たちは、権威を振りかざし、囚人たちに対する暴言や虐待がどんどんエスカレートしていく
・模擬刑務所の最高責任者でもある著者までもが、研究主任の務め(システムの力)に埋もれてしまう。参加者に情緒障害が起きても、実験中止という正常な判断ができなくなる
・たまたま見学に来ていた恋人(心理学者)が刑務所実験の酷い有り様に大きなショックを受けて、著者と実験の是非を激しく口論したことがきっかけで、ようやく中止の決断が下される
看守役も囚人役も、元来"腐ったリンゴ"ではなかったのに、"腐った樽"に閉じ込められたことで、人格に対して極めて強い影響を与えられてしまった。
この恐るべき心理実験こそ、世にその名をとどろかせた、スタンフォード大学監獄実験なのです。
その様子は監修者でもあり、スタンフォード大学の心理学者でもあるフィリップ・ジンバルドー氏によって鮮明に書き綴られています。
どこにでもいる善良な市民でも特殊環境に放り込まれてしまうと
・独立心を奪われて権威に服従してしまう
・恐怖を目の前にして我を喪失させ自己弁護と正当化に埋没する
・悪を容認して果ては積極的に関わるようになる
という可能性を秘めているのです。
一番、想像しやすい事例だと、家庭内幼児虐待という痛ましい事件ですかね。
両親が揃って(母親が実の親でも)暴力に加担していた場合は、この状況による力が強く働いたのではと、私なりに分析しています。
私たちは普段、内なる力、行為の主体性を固く信じ、外部からの状況の圧力には屈しないと考えています。
実際その通りの人もいるらしいですが、実は少数に過ぎず、大多数の人は強力なシステムやパワーの力に取り込まれてしまいます。
自分は力に屈しないという幻想を持ち続けると、好ましくない影響に対する警戒心が薄れて、かえって周囲に操られやすくなるという記述が本に書かれていますが、もの凄く深い考察だと思います。
SNS誹謗中傷問題と深く関係している 匿名性
世界でこれまで行われてきた、様々な心理学実験の詳細がこの本に記載されていますが、現代社会で大きな問題となっているSNS誹謗中傷問題にも密接に影響している心理学実験も紹介されています。
ある女子大生グループが被験者となり、マジックミラー越しに姿が見れて、声も聞くことができる別の若い女性2人に対して、操作ボタンを押すことで“電気ショック“を与えられるかというテストです。
実験の共謀者でもある、電気ショックを受ける側の2人の女性には、実際の電気は流さず、ボタンが押されたらランプが点灯したのを確認して、痛がる演技をするというものです。
・被験者の女性大生グループのうち半分を無作為に匿名にして(没個性化)、残り半分を身元を明らかにする
・匿名グループは、頭巾と白衣で容貌を隠して名前変わりに番号が与えられる(個人ではなく匿名集団として扱う)
・身元を明らかにしたグループは、名札を付け、個別化しやすいようにする
・被験者には、女性2人に電気ショックを与えるのはストレス環境下での創造性を研究する為という、説明を事前にしておく(もちろん架空の設定)
この実験で焦点になったのは、電気ショックを与える時間で、どれくらい早くボタンから指を離すか、どれくらい長くボタンを押し続けるのかは、女性学生の意思にゆだねられていたという点です。
結果は、匿名性と非匿名性以外全て同じ条件でしたが、匿名にした学生は、名前を明らかにした学生の2倍の電気ショックを与えた上に、回を追うごとにショックの時間を延ばしていったのです。
この他にも、同様の実験が場所を変えて行われましたが、結果は似たようなものとなりました。
自分が匿名だと感じられる状況、誰も自分の正体を知らず、知ろうともしない状況では、個人として責任感が薄れ、悪行に走る可能性が高まるのです。
没個性化は、独特の心理状態を生み出し、その時の欲求や性的衝動が行為を支配するように、行動が思考に取って代わる。
人は内面の抑制が効かなくなると、全ての行動が外的状況の支配下におかれる。可能なことや利用できることが、正当性や校正さを押し潰して、道徳のコンパスが制御できなくなるのです。
正に昨今のSNS中傷問題の本質に迫る、没個性化の恐ろしさを物語る論理だと思いました。
ちなみにこの本の最終章に、望ましくない力に対抗する10の対処法(入門編)が紹介されています。
「悪を知らずして、悪をただすことはできない」
というフレーズに始まり
「善と悪の境界線は、あらゆる人間の心の真ん中にある」
で締め括ってある、この重厚700ページを超える本を読破するには、かなりの気力が必要でした。
しかし、スタンフォード大学監獄実験が記述してある前半部だけでも、十分に内容が読み解けると思います。
心理学に深く触れてみたい人にはぜひおススメします。
ここまでご愛読ありがとうございました。
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