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自分の心は誰にも支配されないが簡単ではない。

「遠い山なみの光」(カズオ・イシグロ/1982年イギリス)を読んで

再婚した夫と長女を亡くしイギリスの田舎町に独り住み続ける悦子のもとに、ロンドンで暮らす次女ニキが訪ねてくる。
ニキは、自死した姉のことで塞ぎ込んでいるだろう母を元気づけようと帰ってきたのだろうか。

そして、
終戦直後長崎で最初の夫と暮らしていた悦子が、どういう経緯でイギリス人と再婚し現在の暮らしが始まったのかの説明はないまま、悦子の回想で、長崎での日々が語られ始める。

カズオ・イシグロの長編デビュー作。日本生まれの日本人だが、5歳で渡英した彼の27歳の時の作品と知ってびっくりした。
どの切り口で感想を書こうか。
実は僕には珍しく続けて2回読んだ。
読みやすいが深い。
不思議だし考えさせられる。

価値観の対立 心の分断

戦争が価値観の対立を生むというのは古今東西のことだけど、戦後生まれの僕には知識でしかない。
でも、心の分断は昨年から世界中に影を落とし始め、意図せず読んだこの小説が一段と染み入った。

ある夏、会社勤務の夫二郎と身重の悦子が暮らす長崎のアパートに夫の父親が泊まりに来る。
かつて教職に就いていた義父と二郎の父子の会話と、それを傍で聞いている悦子の場面は、カズオ・イシグロが「影響を受けた」と公言している小津安二郎の映画のように、畳に座った時の目線の映像がまざまざと浮かんだ。
また、当時の「良き日本人女性」の悦子と、近所に住む長女と二人暮らしの佐知子との間で続くかみ合わない会話も物語の骨格。
長女を連れてアメリカ人の恋人について渡米しようとする佐知子の存在は、義父と夫の会話からも伝わる新旧価値観の狭間のシンボルになっている。

自分の心は誰にも支配されない

誰でも「自分の心は誰にも支配されない」という想いを持ったことがあると思う。
僕もそうだ。
そして一歩踏み出そうとしたする際(きわ)は、ある日突如として訪れるかもしれない。その後の人生が大きく変わってしまう予感、不安をどうしたら良いのだろうか。

衝撃作「わたしを離さないで」とテーマは通じている。クローン人間として生まれて若いうちに臓器提供を行って死んでいく運命にある人を描いた物語も、「遠い山なみの光」も、さまざまな制限の中で生きている僕たちの心の支配からの解放を書いていると感じた。

2度読みした

英文原作の和訳自体の問題を指摘する向きもあるけど、逆に僕は面白いと思った。
日本語の美しさに魅かれる小説は別にある。
ミステリーにも似た仕掛けが和訳のせいかどうかはわからないけど、いろいろと深読みできるところもあって続けて2回読んでしまった。

#読書 #旅行 #ワイン #世界史 #エッセイ #サッカー #遠い山なみの光 #カズオ・イシグロ

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