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今に立つ。


昨日のnoteの続き。


今日は朝7時から2時間、コーチング関係のオンラインサロンに参加。
とっても充実した1日のスタートだった。


2月上旬からフワフワした感じとモヤモヤを感じながら今日に至り、そんな事をテーマにしながら今日のサロンに臨んだ。


サロンの中では一対一でコーチング的な関わりで対話をするワークがあるのだが、その中で僕は今月行うアクションを話したのだが、口にしていくと

「口にしたアクションを行う前に、自分をしっかり内省したい」

という欲求を改めて感じる事ができた。


以前の自分だったら、
そんな事は行動したくない事への言い訳だ!」

と自分の感情や欲求を押し殺して、進み続けていた様に思う。


けれど、僕の今年のテーマに
自分の心に素直に』というものがある。

だからこそしっかりと今に立ち止まって、自分を振り返ろうと思った。
昨日のnoteの言葉で言えば、だらだらとランニングし続けるのではなく、ここまでダッシュをしてきたからインターバルを取る感じだ。
そして今回のインターバルは呼吸を整えるために歩く程度ではなく、しっかりと立ち止まる又は椅子に腰掛けるレベルだと思っている。



そんな事で、オンラインサロンが終わってすぐに近所のスタバに移動してコーヒーをすすりながら窓の外を眺めていた。
どうやって内省を深めようか…。

文章にしたいわけでもない。
人に語りたいわけでもない。

そんな内なる声を聴いて浮かんだ事が、『絵にする』こと。

ちょうど先月にコーチング仲間の方のワークショップで、グラフィックレコーディングなるものに触れてきた事もあり、
「とにかく今の感覚を絵にしてみよう。」と思ったのだ。
それがこれ、


細々としているが、何かが湧き上がってきて、
その先には自分の大切な価値観へと昇華されそうな予感

を表してみた。


そしてその後に、改めて自分で描いたこの絵を見返しての分析をしてみた。気持ちの棚卸しとでも言おうか。

絵に対しての感覚の分析と、その後に浮かんできたキーワードを絵の下に書き出した。

そして浮かんできたワードが1番下の青字で書いてあるもの。



「今この瞬間この刹那に全てを注ぐ」


そしてその解説として

【注ぐ】というのは自分のリソースを液体とした時に、それを底無しの美しい器に注ぐイメージ。


さらに

【底無しの美しい器】は『今この瞬間この刹那』を表現している。



僕のnoteでは散々「」とか「瞬間」とかという言葉を使うが、折に触れて必ず立ち返る言葉・行き着く言葉やイメージは上記の様に
今この瞬間この刹那を生きる」ということだ。


そしてそれが今回マイナーチェンジして、「生きる」という部分を強調する意味でも「全てを注ぐ」という表現がとてもしっくりきたのだ。
しっくりというよりも気持ちが入るのだ。


今思えば、今までの自分がやってこなかった事を1月に一気に行ったためか、良いスピードで走ったは良いが、心が置いてけぼりになっていた感じもする。(幽体離脱してた感じ)


もちろん充実感はあったが、どこか原因不明の空虚感が生まれてきていた。

それはきっと、「今」に対してのフォーカスが疎かになっていたという事だったのではないかと思う。


とにかく全ては「今」から生まれる。というか「今」以外からは生まれない気もする。


良い意味で、逐一これからやる事や意味を考え過ぎずに、シンプルに「今この瞬間この刹那に全てを注ぐ」事だけに集中しよう。


そうそう。そもそも複数の事を同時にこなせない性分だった事を忘れていた。
今までも何か行き詰まりを感じた時はシンプルにしてきた。

今回もそうゆう事なんだと思う。


もう一度書こう


「今この瞬間この刹那に全てを注ぐ」


ただただそれだけだ。それだけでいいんだ。
シンプルにシンプルに…。



ともですっ、最後までご覧頂き本当にありがとうございます^^