喫茶店の『スイーツ』はいつも煙草の匂いがする。
京都の河原町。三年前はよく友人と買い物に出かけたり、MOVIX京都で映画を見に行ったりしていた。人混みが苦手なのでしばらく行かなかったのだが、老舗のレトロな喫茶店に無性に行きたくなり、河原町界隈では有名な『築地』という喫茶店に行ってきた。
小さな劇場のような店内は薄暗く、クラシックが流れ木の黒さがより際立って見えた。煙草と珈琲の香りが充満している。喫煙OKな場所なので苦手な人は注意したほうがいい。入り口の近くの席に通され、メニューを眺める。珈琲はウィンナーコーヒー(クリームが乗っている珈琲)だけ。調べたら、日本で初めてウィンナーコーヒーを出した店だとかなんとか。歴史があるというのはそれだけ価値があるということである。せっかくなので、人気なムースケーキのセットを注文。程なくして豪華そうな皿の上に乗せられたムースケーキとウィンナーコーヒーが来た。可愛らしい見た目でSNSでも人気らしい。
一人で黙々と食べていると、母と子供の頃によく行っていた喫茶店を思い出した。その喫茶店はもう名前も何処にあったのかも忘れてしまったけど、歯医者の定期検診の終わりに連れられて行った記憶がある。母はいつも珈琲に茶色い角砂糖二つとミルクを淹れて甘くしていた物を飲み、チョコレートケーキのセットを頼む。僕は飲めなかったので、白いアイスクリームの乗ったメロンソーダをいつも頼んでいた気がする。いつもので良いよね?と言われるくらいそれしか頼まなかった。とにかく喫茶店という場で提供される甘い『スイーツ』が好きだった。今ほど禁煙に厳しい場所ではなかったので、大体の喫茶店ではタバコが吸えたのだろう。新聞を広げて、白髪の老人がカウンターで煙草を吹かしていた光景を覚えている。
自分も大人になったら珈琲を飲みながら煙草を吹かしているんだろうかと思っていたけど、どうやら僕は煙草は吸わない大人になったようだ。最近はブラックかラテしか飲まないし、あの時の母と似たように甘いケーキとウィンナーコーヒーを飲む大人になってしまった。母は煙草は吸わないし、寧ろ毛嫌いしている。それでも、煙草の匂いも苦い珈琲も嫌いじゃない。話は変わるが、予備校生の時に仲が良かった歴史の教師は、年が50歳程離れていたが不思議と話が会って予備校前の公園の喫煙所で雑談をよくしていた。君はタバコは吸わないのか?と言われて、最近の人は吸わないんですよと言うと、
「珈琲と煙草は苦いから良いのだ。人生は辛く、苦いものだから今のうちに珈琲ぐらいはブラックで飲む練習をしなさい。」
と言われたことがあった。当時は腑に落ちなかったが、今ならなんとなく分かる気がする。子供の頃に見た白髪の老人と重ね合わせていたのかもしれない。それ以来、僕はこういうレトロな喫茶店に行くと砂糖もミルクも入れない珈琲が飲めるようになった。それだけ、人生の苦渋や厳しさを知ったからなのだろうか。
喫茶店でいつも思い出すのは、甘いケーキと珈琲の香り。昔の思い出達が煙草の煙のように間接照明に照らされて行き場も無く充満していた。
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