なぜ名古屋の小さなカフェは中国に店を出せたのか
「やる」と決めた夜
2018年の12月、TRUNK COFFEEのオーナー兼バリスタである鈴木氏は上海を訪れていた。上海の煌めく夜景を眺めながら、ぼんやりと思考を巡らせる。そのときふと内側から熱い思いが湧いてきて、思わず口から出た。
「1年後、中国に店を出します」
一緒に上海を訪れていたTRUNK COFFEEの店舗デザインパートナーであるSASQUATCH代表富田氏は、驚きつつも即答した。
「形にしましょう」
2019年12月 TRUNK COFFEE 中国デビュー
2019年12月18日、TRUNK COFFEEの姉妹ブランドとして+trunkが中国深圳市にオープンした。運営は現地法人が行う。店舗設計はSASQUATCHが指揮をとった。より美味しい、より価値のあるコーヒーを求める方に向けて、美味しいコーヒーをライフスタイルの一部として楽しんで頂くことを目指す。
決意の夜から1年。名古屋発の小さなカフェは、なぜ中国に進出できたのか。TRUNK COFFEEオーナー鈴木氏の取材から見えてきた、大きなビジョンの裏にある緻密な戦略とは。小さなブランドが世界に出ていくためには、何が重要だったのか。「海外に自分の店を持つ」までの軌跡を追う。
小さな力士が大きな力士に勝つためにしたこと
大きなビジョンを描きながら夢物語で終わらなかったのは、それに至るまでに確かな下地づくりがあったからだ。それがこの3つだ。
■海外進出を可能にした3つの下地作り
➊ブランド力
➋市場選び
➌メディア露出
➊ブランド力
TRUNK COFFEEは他のカフェと何が違うのか。喫茶文化が根付く名古屋では、選ばれる理由がないと生き残ってはいけない。なぜTRUNK COFFEEなのか。その理由として、小さいながらも確かなブランド力を持っていることが挙げられる。TRUNK COFFEEブランドを構成する4つの要素を挙げる。
■TRUNK COFFEEブランドを構成する4つの要素
・コーヒー
・道具
・空間
・バリスタ
■コーヒー:全世界で5%しか流通しない希少価値の高さ
写真:TRUNK COFFEE
TRUNK COFFEEが使用しているのはスペシャルティコーヒーのみ。全世界の流通量のわずか5%程しか流通していない。風味が素晴らしく、生産段階から焙煎まで品質管理が徹底されており、一定評価基準を上回る。大手コーヒーチェーンや喫茶店はプレミアムコーヒー以下が主流だ。
■道具:世界一のバリスタが使うドリッパーの生みの親
写真:ORIGAMI
写真は、2019年の世界一のバリスタを決める大会で優勝した杜嘉宁(ドゥ・ジャーニン )さん。世界一のバリスタが使用しているドリッパーが、TRUNK COFFEEが開発から関わっているORIGAMIだ。もちろんTRUNK COFFEEでもORIGAMIを使用しており、一杯ずつハンドドリップされる。
ORIGAMIが目指したのは機能性と可愛らしさの両立。豆にゆっくり水分を含ませられるように計算された縦の溝と円すい形の構造。これらが豆の魅力を最大限引き出す。それでいて、キャッチ―で可愛らしいデザインを実現した。「世界一が使うドリッパーの生みの親」これが大きな強みだ。
■空間:空間の良さを引き出す立地戦略
写真:TOMITA
TRUNK COFFEEのバックボーンには旅がある。店内では、旅先で感じるような非日常感を味わうことができる。100円でコーヒーが飲める時代になぜカフェに行くかというと、コーヒーそのもの以外に求めるものがあるためであり、TRUNK COFFEEの場合はそれが「日常の中の非日常」でもある。
空間を際立たせるのが立地。名古屋にある3店舗すべてが、中心部に比べると人通りが少ない落ち着いた街にある。落ち着いた街だからこそ、店に入ったときにギャップを感じて、非日常感を感じやすくなる。つまりは緩急。立地と空間でメリハリをつけている。
スターバックスは真逆である。コンセプトはサードプレイス。自宅や職場とは違う、くつろげる第三の場所をコンセプトとしている。そのため、空間づくりでは「テンションを下げる」ことが意図されており、リラックス感を感じやすいように「テンションの高い街」に集中して出店されている。
TRUNK COFFEEが提供するのは、良質なコミュニケーションのきっかけであり、インスピレーションであり、人とのつながりである。同じカフェでも、提供している「コト」でセグメントしていけば、似て非なるものということが分かる。空間と立地をセットで考え、選ばれる理由をつくっているのだ。
■バリスタ:誰よりもロジカル、誰よりも一杯に愛を込める
写真:facebook
鈴木氏がデンマークでのコーヒー修業で一番最初に教えてもらい、今でも大切にしていることがある。それは「常に愛をこめてコーヒーをつくりなさい」という言葉。愛にはマニュアルがない分、教育面では苦労する。それでも常に「愛のあるお店」になっているかどうかを振り返り続ける。
一方、技術面では徹底的にロジカルを突き詰める。お湯の温度、水の量、抽出時間。感覚ではなく検証結果でこういう味が出る、ということを徹底的に数字で詰めていく。愛とロジカル。一見相反するものだが、決してロジカル先行にならず、愛のためのロジカルを貫いている。
■TRUNK COFFEEブランドを構成する4つの要素まとめ
・5%しか流通しない希少価値の高い豆
・世界一のバリスタが使う道具をプロデュース
・空間が引き立つ立地選び
・ブランドを象徴するバリスタ達
➋市場選び
店を出すときに、とにかくオンリーワンになりたいと考えたオーナー鈴木氏。創業の地に選んだのは地元名古屋だった。名古屋はもともと喫茶文化が根付いており、ライバルはたくさんいる。しかし、スペシャルティコーヒーならライバルはほぼいない状態。図の①を主戦場と決めた。
2014年に名古屋に第一号店をオープンしてから、名古屋×スペシャルティコーヒーの市場は徐々に伸びてはいるが、なかなかキャズム(注1)が越えられずにいた。市場を細分化しニッチを攻めることは、オンリーワンになれると同時に、そのままでは売り上げにも限界があることも意味する。
(注1)キャズム:市場に製品・サービスを普及させる際に発生する、超えるべき障害
参考:ワンマーケティング
そこで目をつけたのが中国だ。中国はスペシャルティコーヒーどころか、コーヒーそのものの普及がまだまだこれからの市場。「ここが取れれば、大きい」、鈴木氏は直感した。日本においては、ライバルの少ない市場を選んで、強みを掛け算することで確かなブランドを構築できた。準備は整った。
➌メディア露出
中国では、もちろんゼロからのスタートになる。TRUNK COFFEEをどのように知ってもらえば良いのか。まずは中国のコーヒーの展示会やポップアップイベントに足を運んだ。名刺を交換し、とにかく現地の人と会話をした。名刺には中国版LINEともいえるWe chatのQRコードを印刷しておいた。
同時に現地メディアへの売り込みを始めた。情報の規制が厳しい中国ではgoogleなどの検索エンジンでいくら評価を受けていても、そもそもそれが見れない。オンラインでもゼロスタートだった。現地メディアから取材を受けて中国検索エンジンに乗せてもらう。それを繰り返していった。
これらを愚直に繰り返していくことにより、We chatでは1300人とつながった。中国の検索エンジンにもTRUNK COFFEEの記事が多く掲載された。2019年世界一のバリスタが中国人であったこと、世界一のバリスタが使っていたのがTRUNK COFFEEが監修したドリッパーだったことが良い方向に働いた。
まとめ:中国進出を可能にした要因
➊ライバルが少ない市場を選び、そこに集中する(市場選び)
➋強みを掛け算して差別化する(ブランド力)
➌愚直なプロモーション活動(メディア露出)
肌感覚はマネできない
順風満帆のようにみえるTRUNK COFFEE中国海外進出であるが、当然たくさんのハードルが目の前に立ちはだかった。名古屋でうまくいったものを中国にそのまま持っていけばうまくいくのか。多くの人はそうではないと感じるだろう。どんなハードルにぶつかり、どうクリアしていったのか。
中国進出の際の3つのハードル
➊パートナー選び
➋ブランドの調整
➌採用と教育
➊パートナー選び
どこに出店すれば良いのか、出店するにあたって店舗はどうやって探すのか。わからないことだらけだ。そこで現地法人のパートナーが必要だと判断した。TRUNK COFFEEのブランドを理解してくれ、中国で展開するために力を貸してくれるパートナーをどう見つけるか。最大の難関だった。
➋ブランドの調整
ブランドの変える部分と変えない部分、その線引きをどうするのか。中国と名古屋では市場がまるで違う。成熟市場と成長市場。更には文化も習慣も違う。どうすれば、TRUNK COFFEEのDNAを保ったまま、現地に受け入れられるのか。大きなハードルだった。
➌採用と教育
そもそも中国には日本程バリスタが多くない。よって即戦力の獲得は難しい。どんな人材を採用するのか。そして、どう教育していくのか。例えば、衛生面に求めるレベル一つとっても基準が異なる。TRUNK COFFEEにとって「バリスタ」は重要な要素であり、採用と教育は難問だった。
一挙に解決した方法はとにかく現地に赴くこと
パートナー探しはwe chatでの繋がりが効いた。1300人の繋がりの中から、30社オファーをもらった。その中から、単にビジネスとしてだけでなく、人として信頼できるか、そして何よりコーヒーが好きかどうかを重視して選んだ。
ブランドの調整は、「肌感覚」が重要だ。TRUNK COFFEEはどうしたら中国で受け入れられるのか、答えは現地にしかなかった。できるだけ多く中国に滞在し、多くの中国の方と接した。現地の声を聴き、リスペクトを示す。その繰り返しによって、少しずつ肌感覚を身に着けていった。
人材の採用は、現時点での技術ではなく、人間性と将来性を重視した。we chatの繋がりやオンラインの記事を見てくれた人に片っ端から会い、適正人材を見つけた。教育面でも頭ごなしに指示することは避け、まず聴いて、相手の意見を尊重した上で一緒に良くしていこうという姿勢を貫いた。
つまり、最善策なんてものはなく、「とにかく現地に行く」ことが肝になった。何度も行くことで現地の方と繋がり、文化と習慣を理解し、従業員のモチベーションを上げる。鈴木氏のInstagramをみると、いかに現地に行っているかがよくわかる。
非合理的な対策だからこそ
名古屋で3店舗を運営しながら、オーナー兼バリスタが何度も何度も現地にいくのは一見して非合理的に映る。今の時代、それこそwe chatを使えば、簡単にコミュニケーションが取れる。直接現地に行くのは、経費も時間もかかり、リターンは不確か。だからそもそも真似する人がいない。
しかし、現地で身に着けた肌感覚は、中国進出の肝であることは間違いない。パートナー選び、ブランドの調整、人の採用・教育まで、「現地にとにかく足を運ぶ」ことが解決の糸口になっている。すべてが合理的なら、すぐに真似される。この非合理さが、他との違いを決定づけている。
「海外に自分の店を持つ」がゴールではない
カフェというとコーヒーの味や空間のこだわりがピックアップされることが多い。カフェといえど、趣味ではなくビジネスとして行うのであれば、最終的なゴールは持続的に利益を上げ続けることだ。TRUNK COFFEEはブランドを生かしてどのように利益を上げるのか。その利益構造を紐解く。
TRUNK COFFEE 3つの利益構造
➊BtoC
➋BtoB
➌EC
➊BtoC カフェ
中国深圳市は人口が約1200万人。名古屋市の人口が220万人程なので、約6倍だ。九州と同じくらいの人口がある。それでいてコーヒーは成長市場だ。例えニッチを狙ったとしても、名古屋のみをターゲットにしているよりもはるかに大きい。
➋BtoB オフィスコーヒー
日本では会社にコーヒーマシーンや自動販売機があって、仕事の合間に一服できることは普通だ。しかし中国はまだそのような文化がない。中国の法人にコーヒーマシーンを置き、豆を継続購入してもらえれば、毎月課金型のビジネスになる。いくつか中国法人とプロジェクトを進めている。
日中関係が回復しつつある現在、中国企業の多くは「日本との取り組み」を高評価する傾向にある。中国企業は、TRUNK COFFEEと契約することにより、単に仕事の合間にコーヒーを楽しむ以上のメリットを得られる状況にあるのだ。これも現地を訪れることによって得た嗅覚が生きている。
➌EC
パートナーとして選んだ中国法人は、ECサイトで80万フォロワーを持つアパレルショップを運営している。つまり中国全土への販売網を得たことになる。supremeやadidas yeezyなどのハイブランドとTRUNK COFFEEが並べられることで、ブランドの認知は一気に向上する。
これら3つをコストがかかる順に並べると、カフェ→オフィスコーヒー→ECだ。ECにおいてはほとんどコストがかからない。カフェでもし利益が出なかったとしても、オフィスコーヒー、ECサイトで利益が得られる構造になっている。どこで儲けるのかを明確にすることで、攻めの姿勢が貫ける。
TRUNK COFFEEは竜巻を起こせるか
TRUNK COFFEEはオンリーワンになれる市場を選び、強みを掛け算してブランド力を高めて他との違いを明確にした。そして「肌感覚」によりそれを決定的なものにし、利益構造までのロジックを一つに繋げた。ここまでの話を図でまとめるとこうなる。
"蝶の羽ばたきが、地球の裏側で竜巻を引き起こすかもしれない"
参考)カオス理論「バタフライ・エフェクト」より
名古屋発の小さなカフェが起こした羽ばたきが、中国で大きな竜巻を引き起こす日はそう遠くないかもしれない。
Info
■+trunk
深圳市福田区沙头街道沙咀村三坊17号101
■TRUNK COFFEE(1号店)
愛知県名古屋市東区泉2-28-24 東和高岳ビル1F
名古屋市営地下鉄 桜通線「高岳駅」 1番出口すぐ
https://www.trunkcoffee.com/
■TRUNK COFFEE & CRAFT BEER(2号店)
名古屋市中区上前津1丁目3番14号
上前津駅 6番出口 & 7番出口
https://www.instagram.com/trunkcoffeeandcraftbeer/
■TRUNK COFFEE STAND(3号店)
名古屋市中村区平池町4-60-12グローバルゲート低層棟1F
https://shops.globalgate.nagoya/shop/detail.php?id=133
■SASQUATCH(TRUNK COFFEE店舗デザインパートナー)
名古屋市中区上前津1丁目3番14号
TRUNK COFFEE & CRAFT BEER内4F
https://www.sasquatch-design.com/