[SF短編]地獄トンネルの入口出口[幻聴ラヂヲ]
今日も聞こえてきた、どこかヨソの星の怪電波。
内容はシンクタンク?の所長のインタビューだった。主にAIが社会に及ぼす影響についての話で、一見、この星と似ていたのだが少し先を行ってる印象を受けた。もっとも、このことを誰かに話したくなったのは、インタビューが最後になってヒートアップしたからだ。
AIや近い将来に起こりそうな出来事については、話半分に聞き流していただければよいが、超優秀な宇宙人の本音が垣間見えるところは、ちょっとドラマチックだと思う。
◇ ◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇
「世界の一番の問題はAIじゃないんだ。
地球とどう共存していくのか?
減少する人口で、この社会をどう回していくのか?
その二つに尽きる」
AIについての質問にうんざりしたのか、その所長は最後にそんな言葉を吐いた。彼にしてみれば、捨て台詞のつもりだったかもしれない。予定時間はすでに終わろうとしていたから。
ところが、その発言にインタビュアーが噛みついた。
「この星の人口は依然として増加中です。衰える兆候もありません。減少する人口とはどういう意味でしょうか? 先生は何か大きな災害や戦争が起こることをご存知なんですか?」
「物騒なことを云うんじゃないよ。わたしの云わんとしたことはわかってるはずだ」
「いわゆるエッセンシャル・ワーカーが足りないと?」
「それ以外に何かあるか?」
「AIの登場によって、ホワイトカラー、知的スペシャリストの人たちの仕事がほぼ無くなるというお話でしたが、それはつまり人余りですよね。そのような人たちは計算に入っていないんですか?」
「連中がそのままエッセンシャル・ワーカーに転職すると思うか? わかりきったことを訊くんじゃないよ」
「では、先生のお言葉を一般の方向けに云い直させていただきます。
まもなく失業者が大量に出る。しかし彼らはエッセンシャル・ワーカーにはならない。だから、働き手不足は深刻だと。そういうことなんですね?」
「それはキミの言葉だ。キミがどう解釈しようと勝手だが、わたしはそんな云い方はしていない」
「人口問題については、半世紀以上も前に『成長の限界』が取り沙汰されました。そしてそれを受けて、人口削減の施策が水面下で着々と進められてきたと聞きます。だから、先生は人口の削減にはふれないで、働き手の不足問題だけを挙げられた。
つまり、人口削減については目途がついた。だから口にされなかった…… そういうことじゃないんですか?」
「人口削減の因ボーロンに、わたしを巻き込みたいのか?」
「因ボーロンというレッテルはどうかと思いますが、世界の舵取りを担っていると思い込んでる人たちは手遅れにならないよう、淡々と仕事をしていると思います。船が重さに耐えられずに沈むとわかれば、軽くしようとするのはある意味、当然のことですから」
「だったら、とやかく云うなよ。どんな大きな船でも積載量には限界がある。船を預かる者には、それを遵守する義務があるんだ。それから、船員を確保する使命もある。単にそれだけの話だ」
「AIによって失業した人たちは、エッセンシャル・ワーカーに転じなければ、生かしておいてはもらえないのですか?」
「過激な云い方をするなあ。炎上させたいのかね? それともキミは小説家志望なのか? それなら一つアドバイスしよう。その展開は実に陳腐な終末観だ。おもしろくともなんともない」
「そうですね。それが結末なら、やりきれません。しかし、物語はまだ半ばです。大量の失業はまだ発生していません。今なら運命を変えることも出来るのでは?」
「だから、わたしは展望を語り、アドバイスもしたじゃないか。人手不足の職種に転職することが彼らの活路なんだ。AIに仕事を奪われるような人間に新規事業を興せと云ってもムリだろ? 年くった者が付け焼刃でAIを勉強して、そんなものが役に立つと思うか? ムダなんだな。そういう努力は。素直にエッセンシャル・ワークに転職するのが身のためなんだ」
「…………」
「エッセンシャル・ワークと一口に云っても、いろいろある。配送、建築現場、介護、農業…… 建築現場はムリだが介護ならやれるとか。農業なら性に合うという人はいるはずだ。今なら選べるんだ」
「現ホワイトカラーの人たちがエッセンシャル・ワーカーに転職しないのは、待遇がひどすぎるからだと思います。そこを改善しない限り言葉でいくら説得しても難しいと思います」
「キミは世の中を知らない。社会には階層というものが必要なんだ。階層が社会秩序の元になっている。エッセンシャル・ワーカーの階層を上げるにはその代わりが必要だ」
「今のホワイトカラーが失業してエッセンシャル・ワーカーの下の階層になるということですか?」
「違う。階層は簡単には動かせないんだ。それを知ってるからホワイトカラーはエッセンシャル・ワーカーになることを嫌う。肉体労働や現場仕事がキツイという以上に、身分が変わることを恐れている。エッセンシャル・ワーカーになるくらいなら、求職中のホワイトカラーでいたいんだよ。金に不自由しても下層階級にはなりたくないということだな」
「失礼ながら、暴論に聞こえますが……」
「キミたちはタテマエで考えて批判するが、世の中を動かしてる連中は、現実に即してる。階層も因ボーなんかじゃないぞ。アリやハチのようにある意味、自然発生的に分化するんだ。
こういうと差別だというかもしれないが、上の連中は実力主義だ。古代においても、奴隷から富豪になったり将軍になるケースはいくらでもあった。身分で差別するのは大衆なんだよ。そしてそれはある意味、正しい。社会が混乱することを嫌うからだ。
村の平和のためには少数派には我慢してもらうということだ。かつての村の多数派は農民だ。だから身分は工商民より上だった。工商民のほうが稼ぎが良くて束縛がなかったとしてもだ」
「先生の意見には納得できない部分もありますが、ともかく先生のおっしゃられた最重要な問題というのは、個人においても重要なことなんですね」
「キミね、ボクをバカにしているのか? エリートでしか解決できない問題を、こんな一般メディアで話しても仕方がないだろ!
今日の話は、不安は感じているがどうしていいかわからない、そんな一般人に向けてのアドバイスだ」
「今ならエッセンシャル・ワークの求人が山ほどある。よりどりみどりだ……というのがそれですか。福祉は機能しませんか?」
「今でさえ生活保護の申請はなかなか受理されない。今の何百倍何千倍もの失業者が出たときに機能するはずがないじゃないか……。 いったいどっからそんなカネを持ってくる? 医療費や防衛費を半減させますか? それだって、やるなら今からはじめないと間に合わないんだよ。
失業することが目に見えてるのに動かない人たち。福祉の拡充も求めない人たち。そういう人にかける言葉はボクにはありません」
「…………」
「いいかい? こうすべき、あれはなくすべき、そんなベキ論が好きな中間層が多かったのは昔のことなんだ。リベラルは少数派に転落した。すでに世の中は新自由主義、弱肉強食の世界に変わったんだよ。知ってるだろ?
うなるほどの資金を持っているのに、役に立たない者にはビタ一文も払いたくない。それが連中の信条だ。
若い者ををエッセンシャル・ワークに振り向ける資金なら出してくれるかもしれんが、使い道のない中高年に情けをかけるような連中じゃない。
そんなことは秘密でも因ボーでもない。冷静に考えればわかることだ」
「誰かが何とかしてくれると思っていたら大間違いだと?」
「何とかはしてくれるでしょう。社会を混乱させたくないからね。だから、ものすごいカネをかけてククチンのキャンペーンをやったし、虫を食わせようともした。最近、活発化してきたのは安楽死だ。
知らないのか? だったら教えてやる。生活保護の申請より安楽死の手続きのほうが簡単になったんだ。短期間の講習を受ければ一般の医者でも安楽死を執行できるようにもなった。それどころか高額な手当付だ。
虫を食わせるプランは失敗したが、ククチンは途上国以外では予想以上の成果をあげた。安楽死の普及が成功するかどうかは、これからのことだが、上はそんなふうに次々に手を打っている」
「誰かが何かしてくれるのを待ってたら、安楽死ですか……」
「またブラックな想像しているようだが、安楽死への潜在的ニーズはかなり多いんだ。独居者の数割は環境が整えば安楽死を選択する。綿密なリサーチをやった上での政策だ」
「強い者が弱い者を助ける社会とは真逆ですね。それをブラックというのは間違ってないと思いますが?」
「ケースバイケースなんだよ。人が少なくなれば、みんなやさしくなるさ」
「やさしい世界にするためには地獄を潜り抜ける必要があるということですか?」
「キミがそんな小説を書いたらどうかね? 終末と思えた苛酷な世界は、実は産みの苦しみだった…… そんなストーリーなら、わたしも読ませてもらうよ」
「…………」
「ともかく、このままズルズルやっていて幸せになれることは絶対にない!メディアの人間は、そのことをもっと世に知らしめるべきだと思うね。
しかし、実際はどうだ? くだらないバラエティや娯楽番組を垂れ流して人々の注意を現実から逸らさせている。行動できる時間を浪費させている。キミたちマスコミのやってることは安楽死よりも酷いじゃないか!」
◇ ◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇
どうやらその星では、これから地獄のようなことになるらしい。
しかし、所長の話では地獄は通過点のようだ。その向こうにいい未来が待っていると、少なくともその所長は確信している。
さて、我々の星はどういうことになるのか…… ともかくズルズルは良くないようだ。悔いのないようやれるだけのことをやっておかねば。
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