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#417 4人が同時に変わるチャンスを逃した、なんとも悲しい会話

今日も二葉亭四迷の『浮雲』を読んでいきたいと思います。

第九回は、文三さんの部屋に、お勢さんの弟の勇くんが遊びに来たところから始まります。勇くんは学校の出来事にいろいろ不満を持っているようで、ボートの順番をクラスの順番で決めたことが失敬だと文三さんに愚痴ります。そこに、お勢さんが一階から上がってきて、シャツの綻びを縫ってやるから脱ぎなと言いますが、勇さんは学校の不満を言うことに熱中しており、ダラダラとシャツを脱ぐ始末…。その態度にお勢さんがイライラして、さっさとお脱ぎでないかね!と怒りますが、そんな時、どうやら、本田さんの声が一階から聞こえたようで、お勢さんは嬉しそうに、シャツも持たずに、階段を降りていきます。姉貴がいなくなったことをいいこと、勇くんはお勢さんの悪口を言いたい放題。得々と一階へ降りていきますが、その後、文三さんもフト思い出したように一階へと降ります。すると、そこには本田さんがいて、文三さんに対して「チト話がある」と言います。そして、復職のチャンスがあるから橋渡しをしてもいいがどうする?と持ちかけます。ここで、文三さんが決断できずモジモジしていると、お政さんが「文三さんは、そんな卑劣なことはできないよ」とチャチャを入れます。すると、本田さんも「それは立派なことだ。とんだ失敬を申し上げました」と笑います。文三さん、顔を真っ青にして拳を握って歯を食いしばり本田さんを睨みつけますが、ハッと心を取り直して「えへ…」と気持ちを誤魔化す始末。

「お勢が顔を視ている……このまま阿容阿容[オメオメ]と退くは残念 何[ナニ]か云ッて遣[ヤ]りたい 何かコウ品の好[イ]い悪口雑言 一言[イチゴン]の下[モト]に昇を気死[キシ]させるほどの事を云ッて アノ鼻頭[ハナヅラ]をヒッ擦[コス]ッてアノ者面[シャッツラ]を赧[アカ]らめて……」トあせるばかりで凄み文句は以上見附[ミツ]からず そしてお勢を視ればなお文三の顔を凝視[ミツ]めている……文三は周章狼狽[ドギマギ]とした……
「モウそ……それッ切りかネ
ト覚えず取外[トリハズ]して云ッて 我ながら我音声[ワガオンセイ]の変ッているのに吃驚[ビックリ]した
「何[ナニ]が
またやられた 蒼[アオ]ざめた顔をサッと赧[アカ]らめて文三が
「用事は……
「ナニ用事……ウー用事か 用事と云うから判らない……さようこれッきりだ
モウ席にも堪えかねる 黙礼するや否や文三が蹶然[ケツゼン]起上[タチアガ]ッて坐舗[ザシキ]を出て二、三歩すると 後[ウシロ]の方でドッと口を揃えて高笑いをする声がした 文三また慄然[ブルブル]と震えてまた蒼ざめて 口惜[クチオ]しそうに奥の間[マ]の方を睨詰[ニラミツ]めたまま暫らくの間[アイダ]釘付けに逢[ア]ッたように立在[タタズン]でいたが やがてまた気を取直おして悄々[スゴスゴ]と出て参ッた
が文三無念で残念で口惜[クチオ]しくて堪え切れぬ 憤怒[フンヌ]の気がクワッと計[バカ]りに激昂したのをば無理無体に圧着[オシツ]けたために 発しこじれて内攻して胸中に磅礴鬱積[ホウハクウッセキ]する 胸板が張裂ける腸[ハラワタ]が断絶[チギ]れる

磅礴とは、混じり合ってひとつになることです。

ちょっと、この状況はマズいですね…。この場面は、それぞれが、ほんのちょっと発言を変えただけで、事態が、それぞれにとって良い方向に変わるチャンスだったに違いないのです。

もし…本田さんが、お政さんのからかうような一言に対して、いつものように調子を合わせるのではなく

「今大事な話をしているので、からかうのはやめていただけますか?」

と、ピシャリと言えば、本田さんは、男として一歩成長できたかもしれません。

もし…お政さんが、からかうような一言を、すこし柔和にして

「いい友達を持ったじゃないかい」

と、この程度に留めておけば、本田さんは本気で周旋したかもしれません。

もし…お勢さんが、からかうような態度を見せた本田さんとお政さんに対して

「なんて下品な対応をするのかしら」

と、いつもの調子で、学問のできない二人を見下せば、少なくとも、本田さんは、態度を改めたかもしれません。

そして、文三さんは、たとえ本心でなくとも

「ぜひお願いするよ」

と、さらっと言っておけば、本田さんが本気で橋渡しをしてくれるかは別として、文三さんの性格にとって最も邪魔と思われる高いプライドを、ポキっと折ることができたかもしれません。

もし、このまま状況で事態が進行すると、文三さん

病んじゃいますよ…

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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