#317 痩せた男と、品格のない男
それでは今日も二葉亭四迷の『浮雲』を読んでいきたいと思います。
記念すべき第一回のタイトルは「アアラ怪しの人の挙動[フルマイ]」です。冒頭は、いつぞやの10月28日の午後3時ごろ。「神無月も最早[モハヤ]跡二日[フツカ]の余波[ナゴリ]」と表現されていることから、旧暦時代の話かもしれません。新暦なら、10月は31日までありますから計算が合いません。神田見附の官庁から、うようよ、ぞよぞよと湧き出てくるのは、様々な形の髭を蓄えた男たち。次に着目するのは、彼らの身なり。上等な黒ずくめ、これより降るは、畳皺のついている羊毛で織ったスコッチ・ツイードを着ている者、さらに降るは、日本服を着てカラ弁当をぶら下げた下級官吏。この出だしは『当世書生気質』にそっくりで、この作品が日本近代文学の嚆矢として清新なのか、いささか不安がありますが、続きを読んでいくことにしましょう!
途上[トジョウ]人影[ヒトケ]の稀[マ]れになった頃 同じ見附の内より両人[フタリ]の少年[ワカモノ]が話しながら出て参った 一人は年齢[ネンパイ]二十二、三の男 顔色[ガンショク]は蒼味[アオミ]七分[シチブ]に土気[ツチケ]三分どうもよろしくないが 秀[ヒイデ]た眉に儼然[キツ]とした目付でズーと押徹[オシトオ]った鼻筋
蒼味7に土気3はちょっとヤバイですね!w
ただ惜哉[オシイカナ]口元が些[チ]と尋常でないばかり、しかし締[シマリ]はよさそうゆえ 絵草紙屋の前に立ってもパックリ開[ア]くなどという気遣いはあるまいが とにかく顋[アゴ]が尖って頬骨が露[アラワ]れ非道[ヒド]く癯[ヤツ]れている故[セエ]か 顔の造作がとげとげしていて愛嬌気[アイキョウゲ]といったら微塵[ミジン]もなし 醜くはないが何処[ドコ]ともなくケンがある 背[セイ]はスラリとしているばかりでさのみ高いというほどでもないが 疲肉[ヤセジシ]ゆえ半鐘なんとやらという人聞[ヒトギキ]の悪い渾名[アダナ]に縁がありそうで、年数物ながら摺畳皺[タタミジワ]の存じた霜降「スコッチ」の服を身に纏[マト]ッて 組紐[クミヒモ]を盤帯[ハチマキ]にした帽檐広[ツバビロ]な黒羅紗[クロラシャ]の帽子を戴いてい、今一人は前の男より二ツ三ツ兄らしく中肉中背で色白の丸顔 口元の尋常な所から眼付[メツキ]のパッチリとした所はなかなかの好男子ながら 顔立がひねてこせこせしているので何[ナニ]となく品格のない男
「半鐘なんとやら」とは「半鐘泥棒」のことで、火の見櫓の半鐘に手が届くほどの高身長という意味です。
黒羅紗の半「フロックコート」に同じ色の「チョッキ」洋袴[ズボン]は何か乙な縞羅紗[シマラシャ]でリュウとした衣裳附[イショウヅケ] 縁[フチ]の巻上ッた釜底形[カマゾコガタ]の黒の帽子を眉深[マブカ]に冠[カブ]り 左の手を隠袋[カクシ]へ差入れ右の手で細々[ホソボソ]とした杖を玩物[オモチャ]にしながら高い男に向い…
というところで、このさき、ふたりの男の会話が始まるのですが…
このつづきは…
また明日、近代でお会いしましょう!
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