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#279 同時並行の疑念と思惑

今日も坪内逍遥の『当世書生気質』を読んでいきたいと思います。

お常さんの家で繰り広げられている親子の再会騒動と、同日同時刻、田の次が住んでいる家に小年姐さんが新聞を持ってやってくるところから、第十八回の下は始まります。そこに突然やってきたのは、田の次を育ててくれた老婆の弟・源作さんです。源作さん、田の次に伝えたいことが会ってやって来たようです。どうやら、源作さん、現在は、顔鳥がいる角海老で働いているようで、お秀さんと三人で、顔鳥の身の上に関することで、お常さんの家に向かう途中、昼食のために鳥八十に行くと、隣室の二人連れの客が田の次に関することを話していたようで、そのことを一刻も早く知らせようと、二人と別れて、こちらにやって来たと言うのです。その内容を言う前に、念を押すかのように、源作さんは言います。「よく気を静めてお聴きなさい。ビックリしちゃあいけねえぜ!」。と、ここで再び、場面はお常さんの家に変わります!第十八回は、まるで、あざなえる縄をほどくように、二重らせんのDNAのハシゴを登るかのように進んでいきます。さて、お常さんの家では、三芳庄右衛門がお秀さんを裁いている最中でして…

……実は今しがた、ここの旦那(園田の事なり。)と少し商用で浅草までゆき、ちょつと中食[チュウジキ]をしようと思つて、上野の鳥八十[トリヤソ]へあがつてゐたところ、手前は大方気がつくまいが、おれは手前たちを見掛た故、ハテナ素人[シロウト]ぢゃアないやうだと、何心[ナニゴコロ]なく襖の間[アイ]から隣を覗いて見て思はず喫驚[ビックリ]。

この時、同時に、源作さんも、この二人を気にかけていたわけですね!

直[スグ]にひっとらへて女の事を、と実はその時には思つたけれども、いくらか園田さんの手前もあれば、暫[シバラ]く様子を窺[ウカガ]つてゐると、小声で話す故に、しかとはしれねど、たびたび梅園町々々々といふし、また守山とか、鈴代とか、ここの町所[チョウトコロ]をしゃべってゐるゆゑ、いよいよますます不審でたまらず、園田さんにも委細をはなして、なほも様子を窺つてゐると、手前たちは食事をすまして、梅園町まで車を傭[ヤト]つて、直[スグ]に出掛てゆく様子だから、これには訳のある事であらう。もしや先達[センダツ]て風評[ウワサ]にきいた、新聞広告の一件ではないか、守山さんの関係か、と心附[ココロヅ]いたゆゑに、その旨[ムネ]を、園田さんにもおはなしして、少々気にかかる事もあれば、と途中からしておれは別れて、今ここへ来て聞いてゐれば、手前はこの節では貸座敷の梳攏[シンゾウ]をしてゐるとかいふ事だが、全体女にはどうして別れた。その訳明細にききませう。」ト膝を進めて問ひかくれば、テモ不思議なる対面や、と驚く友定は覚えずも、歎息[トイキ]つきつつ黙然[モクネン]たり。お常も始終の三芳の言葉に、始めてお秀の履歴を知り、さては我[ワガ]兄全次郎が、三芳の眼[マナコ]を忍び忍びに、いひかはしたる女子[オナゴ]といふのは、この年増[トシマ]にてありけるか、とかつ驚きかつ惘[アキ]れて、ただ茫然[ボウゼン]とお秀の面[オモテ]を、打[ウチ]まもれるのみ言葉もなし。

これは、第四回の話と絡んでくる内容ですね。お常さんの兄・全次郎は、下谷の豪商の囲妾[カコイモノ]と言い交わして、一人の娘を産み、この娘が三歳になった頃、上野戦争が起こって、その時、妹・お常をほったらかして、囲妾[カコイモノ]と逃げちゃったんですよね。その時、一緒に逃げた女がお秀さんで、豪商が三好さんで、三芳さんの言う、お新という女性が、当時三歳の女の子の事なんでしょうね。

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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