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#415 見下ろす文三、見上げる昇

今日も二葉亭四迷の『浮雲』を読んでいきたいと思います。

第九回は、文三さんの部屋に、お勢さんの弟の勇くんが遊びに来たところから始まります。勇くんは学校の出来事にいろいろ不満を持っているようで、ボートの順番をクラスの順番で決めたことが失敬だと文三さんに愚痴ります。そこに、お勢さんが一階から上がってきて、シャツの綻びを縫ってやるから脱ぎなと言いますが、勇さんは学校の不満を言うことに熱中しており、ダラダラとシャツを脱ぐ始末…。その態度にお勢さんがイライラして、さっさとお脱ぎでないかね!と怒りますが、そんな時、どうやら、本田さんの声が一階から聞こえたようで、お勢さんは嬉しそうに、シャツも持たずに、階段を降りていきます。姉貴がいなくなったことをいいこと、勇くんはお勢さんの悪口を言いたい放題。得々と一階へ降りていきますが、その後、文三さんもフト思い出したように一階へと降ります。すると…

奥の間の障子を開けて見ると果して昇[ノボル]が遊[アソビ]に来ていた、しかも傲然と火鉢の側[カタワラ]に大胡坐[オオアグラ]をかいていた その傍[ソバ]にお勢がベッタリ坐ッて何[ナニ]かツベコベと端手[ハシタ]なく囀[サエズ]ッていた、少年の議論家は素肌の上に上衣[ウワギ]を羽織ッて 仔細らしく首を傾[カシ]げてふかし甘薯[イモ]の皮を剝[ム]いて居[イ]、お政は囂々[ギョウギョウ]しく針箱を前に控えて 覚束ない手振りでシャツの綻[ホコロビ]を縫合わせていた
文三の顔を視ると昇が顔で電光[イナビカリ]を光らせた けだし挨拶のつもりで お勢もまた後方[ウシロ]を振反[フリカエ]ッて顧[ミ]は顧たが 「誰かと思ッたら」ト云わぬばかりの索然とした情味のない相面[カオツキ]をして急にまた彼方[アチラ]を向いてしまッて
「真個[ホントウ]
ト云いながら首を傾[カシ]げて チョイと昇の顔を凝視[ミツ]めた光景[ヨウス]
「真個さ
「虚言[ウソ]だと聴きませんよ
アノ筋の解[ワカ]らない他人の談話と云う者は 聞いて余り快くはないもので
「チョイと番町まで」ト文三が叔母に会釈をして起上[タチアガ]ろうとすると 昇が
「オイ内海[ウツミ] 些[スコ]し噺[ハナシ]がある
「些[チ]と急ぐから……
「此方[コッチ]も急ぐんだ
文三はグッと視下[ミオ]ろす 昇は視上げる、眼と眼を疾視合[ニラミア]わした、何だか異[オツ]な塩梅で それでも文三は渋々ながら坐舗[ザシキ]へ這入[ハイ]ッて坐に着いた

文三は見下ろす、昇は見上げるっていう一文はいいですね!当たり前の描写なんですけど、双方の立場を修飾なしで書くことで、余計に緊張感が伝わりますね!

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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