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#416 痩我慢なら大抵にしておけ!

今日も二葉亭四迷の『浮雲』を読んでいきたいと思います。

第九回は、文三さんの部屋に、お勢さんの弟の勇くんが遊びに来たところから始まります。勇くんは学校の出来事にいろいろ不満を持っているようで、ボートの順番をクラスの順番で決めたことが失敬だと文三さんに愚痴ります。そこに、お勢さんが一階から上がってきて、シャツの綻びを縫ってやるから脱ぎなと言いますが、勇さんは学校の不満を言うことに熱中しており、ダラダラとシャツを脱ぐ始末…。その態度にお勢さんがイライラして、さっさとお脱ぎでないかね!と怒りますが、そんな時、どうやら、本田さんの声が一階から聞こえたようで、お勢さんは嬉しそうに、シャツも持たずに、階段を降りていきます。姉貴がいなくなったことをいいこと、勇くんはお勢さんの悪口を言いたい放題。得々と一階へ降りていきますが、その後、文三さんもフト思い出したように一階へと降ります。すると、そこには本田さんがいて、文三さんに対して「チト話がある」と言います。

「他[ホカ]の事でもないんだが
ト昇がイヤに冷笑しながら咄[ハナ]し出した スルトお政はフト針仕事の手を止[トド]めて不思議そうに昇の貌[カオ]を凝視[ミツ]めた
「今日役所での評判に この間免職になった者の中[ウチ]で二、三人復職する者が出来るだろうと云う事だ そう云やア課長の談話[ハナシ]に些[スコ]し思当[オモイアタ]る事もあるからあるいは実説だろうかと思うんだ ところで我輩考えて見るに 君が免職になったので叔母さんは勿論お勢さんも…
ト云懸[イイカ]けてお勢を尻眼に懸けてニヤリと笑ッた お勢はお勢で可笑[オカ]しく下唇を突出してムッと口を結んで額[ヒタエ]で昇を疾視付[ニラミツ]けた イヤ疾視付ける真似をした
「お勢さんも非常に心配してお出[イ]でなさるシ かつ君だッてもナニモ遊[アス]んでいて食えると云う身分でもあるまいシするから もし復職が出来ればこの上もないと云ッたようなもんだろう ソコデもし果してそうならば 宜[ヨロ]しく人の定[キマ]らぬ内に課長に呑込ませておくべしだ、がシカシ君の事[コツ]たから今更直付[ジカヅ]けに往[イ]き難[ニク]いとでも思うなら 我輩一臂[イッピ]の力を仮[カ]しても宜しい 橋渡[ハシワタシ]をしても宜しいが如何[ドウ]だお思食[ボシメシ]は
「それは御信切[ゴシンセツ]……難有[アリガタ]いが……
ト言懸けて文三は黙してしまった、迷惑は匿[カク]しても匿し切れない 自[オノズカ]ら顔色[ガンショク]に現われている、モジ付く文三の光景[ヨウス]を視て昇は早くもそれと悟ッたか
「厭[イヤ]かネ、ナニ厭なものを無理に頼んで周旋しようと云うんじゃないから そりゃ如何[ドウ]とも君の随意サ、ダガシカシ……痩我慢[ヤセガマン]なら大抵にしておく方が宜[ヨ]かろうぜ
文三は血相は変えた……
「そんな事仰しゃるが無駄だよ
トお政が横合から嘴[クチバシ]を容[イ]れた
「内の文さんはグッと気位が立上[タチアガ]ってお出[イ]でだから 其様[ソン]な卑劣な事ア出来ないッサ
「ハハアそうかネそれは至極お立派な事[コツ]た ヤこれは飛[トン]だ失敬を申し上げました アハハハ
ト聞くと等しく 文三は真青[マッサオ]になッて慄然[ブルブル]と震え出して拳[コブシ]を握ッて歯を喰切[クイシバ]ッて昇の半面をグッと疾視付[ニラミツ]けて 今にもむしゃぶり付きそうな顔色[ガンショク]をした……がハッと心を取直して
「エヘ……
何[ナニ]となく席がしらけた 誰[タレ]も口をきかない 勇がふかし甘薯[イモ]を頬張ッて右の頬を脹らませながら モッケな顔をして文三を凝視[ミツ]めた お勢もまた不思議そうに文三を凝視めた

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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