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#256 倉瀬くんの名推理

今日も坪内逍遥の『当世書生気質』を読んでみたいと思います。

第十七回は、第十六回の続きから始まります。倉瀬くんは、顔鳥から託された手紙を守山くんに渡します。妓楼で出会った顔鳥が自分の妹の可能性が出てきてビックリの守山くん。そして、先日、母と妹の人探しの広告を再び出すに至った経緯を、倉瀬くんに説明します。その内容を聞いて、いよいよ確信が強まったとみえて、倉瀬くんは、ひとっ走り行って様子を知らせて来ようかと守山くんに問いますが、短刀だけでは証拠が足りないと答えます。その後、守山くんとお常さんと園田さんと小町田くんの関係を倉瀬くんに説明すると、どうやら倉瀬くんはお常さんに会ったことがあるようで、その時、お常さんは、小町田くんと内々で話したそうにしていたというのです。それを聞いて守山くん、ハハアと思い当たるところがあったようで、第十三回で展開された、小町田くんと田の次が密会した場面の舞台裏を語ります。それによると、田の次を不憫がったお常さんが、自分が住んでいる園田さんの別宅に小町田くんを招いて、出し抜けに田の次に逢わせるセッティングをしたというのです。それを聞いて倉瀬くんは「お常さんは悪気でしたわけじゃないだろう」と言いますが、それに対して守山くんは「勿論そうだが小町田くんのためにならない」と答えます。その後、丁々発止のやりとりをしていると、守山くんのお父さんが事務所を訪れます。どうやら、守山くんのお父さんは、東京に引っ越すために上京したようで、邪魔になってはいけないと倉瀬くんは帰ろうとしますが、妹の件で父と会ってくれたまえと言って守山くんは帰してくれません。ひとりになって待たされて、議論で酔いが醒めた倉瀬くんは、ふと部屋の小窓を開けて外を見ると、なんと偶然宮賀兄弟が通りかかります。彼らによると、どうやら継原くんがコレラ病に罹ったというのです。

倉「エ、コレラだッて、真実か。いい加減な虚喝[ホラ]だらう。」
透「それでも確[タシカ]にさう書いてあつたヨ。ネエ阿兄[ニイサン]。」
匡「アア正[マサ]にさう書[カイ]てあつたヨ。山村にも伝染したとさ。僕ア山村は友人[フレンド]ぢゃアないが、継原は同県の友人だから、一寸尋ねたいと思つてゐるんだが、コレラぢゃア少々閉口したヨ。」
透「手紙は外田宛[アテ]で来てゐるんだが、外田が叔母[オバ]さんの宅[ウチ]へ帰つてゐるから、今持つていつて遣[ヤ]つて来たのさ。」
倉「外田はその端書[ハガキ]を読んで何といつたネ。」
匡「ナニ外田は留守だつた。」倉瀬は窓の閾[シキイ]に頤[アゴ]をのせて暫[シバ]し不審さうに考へゐしが、ややあつて匡に向ひ、
倉「オイ宮賀。をかしいぢゃアないか。何か君ア読違やアしないか。能[ヨ]く考へてみたまへ。コレラ病にかかつた者が、平気で下宿屋にゐる訳もなし、また手紙をかく訳もなしさ。しかしその端書は代筆か。」
匡「いいえ、継原の自筆だ。」
倉「それではいよいよ虚喝[ホラ]だ虚喝だ。全体何と書いてあつたか。」
透「かうつと。ああなんとか書いてあったッけ。」
匡「エーと。たしかかうだったらう。……前略誠に面目もなき次第ながら、例の軽はずみ前後のわきまへもなく、無暗[ムヤミ]に野猪[シシ]食ひし報[ムクイ]はてきめん、両人共に枕をならべて、一種のコレラ病に罹[カカ]り了[オワ]んぬ。乞ふ速[スミヤカ]に来[キタ]りすくへ。……ネエ。ブラザア、たしかかうだつたネエ。」倉瀬は覚えず吹[フキ]いだして、
倉「ハハハハハ。なんだべらぼうな、君たちアそれをほんとにしたのか。真成[ホントウ]のコレラだと思つたのか。」
透「エ。なぜ。野猪[ワイルド・ボウア]をくつて、食傷[ショクショウ]したと書いてあるぢゃアないか。」
倉「ハハハハハ。君たちアほんたうに坊ちゃんだなア。野猪[シシ]くつた報[ムクイ]といふ事をしらんか。それはネ。いい事をした報といふ事さ。一種のコレラ病にかかつたとは、些[チツ]と六[ムズ]かしい洒落[シャレ]ではあるが、財布の腹下[ハラクダ]しといふ心で、金がなくなつたといふんだらう。どうだそれに相違ないぜ。」トいひつつアハアハと打笑[ウチワラ]へば、匡はさすがに間のわるさうに、覚えず顔の色を真赤にせしが、やうやうに打笑ひて、
匡「僕もネ。さうだらうかと思つたけれども、あんまり文章が真面目らしいから、もしやほんとかと誤解したんさ。こいつアほんとに大笑ひだ。アハハハハハ。」

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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