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#277 一方その頃、お常さんの家では…

今日も坪内逍遥の『当世書生気質』を読んでいきたいと思います。

お常さんの家で繰り広げられている親子の再会騒動と、同日同時刻、田の次が住んでいる家に小年姐さんが新聞を持ってやってくるところから、第十八回の下は始まります。そこに突然やってきたのは、田の次を育ててくれた老婆の弟・源作さんです。源作さん、田の次に伝えたいことが会ってやって来たようです。どうやら、源作さん、現在は、顔鳥がいる角海老で働いているようで、お秀さんと三人で、顔鳥の身の上に関することで、お常さんの家に向かう途中、昼食のために鳥八十に行くと、隣室の二人連れの客が田の次に関することを話していたようで、そのことを一刻も早く知らせようと、二人と別れて、こちらにやって来たと言うのです。その内容を言う前に、念を押すかのように、源作さんは言います。「よく気を静めてお聴きなさい。ビックリしちゃあいけねえぜ!」

……トいひつつ小膝を進ますれば、田の次は何とも解[ゲシ]かねつつ、
田「不思議な事だとおいひなさるのは、マアどのやうな事ですエ。」ト覚えず眉根[マユネ]を顰[ヒソ]ますれば、源作は莞爾[ニッコ]と打笑[ウチワラ]み、
源「ナニ気づかウには及ばんこと、おまへさんの出世の門口[カドグチ]。これも平生[ヘイゼイ]おまへさんの心掛[ココロガケ]がいいからして、天道[テンドウ]さまのお恵[メグミ]だらう。悉[クワ]しくいやア長い事だが、ざっと掻摘[カイツマ]んで話しませう。」ト咳払[セキバラ]ひして源作が、説[トキ]いださんとする折しも、湯よりあがりて表より、今帰りくる田の次の老母[オフクロ]、いと大儀[タイギ]さうに格子戸の、閾[シキイ]をやをらまたぎながら、
母「イヤどっこいショ。オヤオヤ無用心な、なんだなア、格子戸を開放[アケッパナ]しにしてさ。」ガラガラピッシャリ。
これより話また前に戻る。
さるほどに、三芳庄右衛門は、間[アワイ]の襖を押開きて、ツト客の間に立出[タチイデ]つつ、お秀に言葉をかけたりける、思ひよらざる振舞[フルマイ]に、お常は更なり友定まで、合点[ガテン]ゆかずとふりかへる、中にもお秀はふりあふむき、顔見て喫驚[ビックリ]色を失ひ、ただオヤマアといつたきり、逃も得やらずさしうつむき、穴へも入[イリ]たき風情なり。この体[テイ]を見し顔鳥も、共に面[カオ]の色を失ひて、如何[イカ]に成行く事やらんと思ふ気色[ケシキ]のあらはれて、さしうつむきたる半襟[ハンエリ]が、縮緬[チリメン]ぶるへにふるへるとは、ちと六[ムズ]かしき譬[タトエ]ぞかし。

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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