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馴染みの立ち飲み屋が想像を絶するリニューアルを遂げ、もはや二度と立ち寄れないほどの有り様になり果てていたやん。『デタラメだもの』

馴染みの飲み屋が潰れてしまうことは、長年生きていればそれなりに経験するものだ。しかし先日、馴染みの立ち飲み屋の店長が変わり、店を新しくリニューアルオープンするという出来事があった。リニューアル前の店は、仕事帰りにフラッと立ち寄れる飲み屋で、値段も格安。気のいい店長とアルバイト2名体制といった、こじんまりした立ち飲み屋だった。

オフィス街の一角にあるということもあって、スーツ姿のサラリーマンやオフィスレディーが目立つ店だった。店側も客側も隔たりがなく、あちこちで飲み屋特有のコミュニケーションが飛び交う、そんな理想的な立ち飲み屋だった。

昨年の年の暮れ、後輩とひとしきり飲み、お会計を済ませた後、店長が店の外までやってきて、「ちょっと身体の具合が悪くてですねぇ。治療に専念するために、店長やめることになったんです。店は別の店長が引き継ぐことになるので、また来てやってください」と別れの挨拶。

この世は出会いも多ければ別れも多いもの。一度会ったっきりで、その後の人生において、二度と会わない人もたくさんいる。そう考えるとその店長、治療が終わればまた別の地で飲み屋をオープンさせる心づもりらしい。だったら、いつかまたどこかで会える可能性もあるよね。安心したよ店長。ということで、店長体制のその店と別れねばならないことに寂しさを感じつつも、昨年の年末間近にリニューアルオープンするという後継の店に期待を馳せ、後輩と別れた。

オープンするのいつだろね、いつだろね。と、子供のように胸を躍らせながら、仕事帰りに後輩と店前を通過するものの、一向にオープンする気配がない。閉じられたシャッターに掲出された「12月中旬リニューアルオープン予定」と書かれた手書きの手紙も虚しく、ついには昨年中に店がオープンすることはなかった。

そしていざ年が明け数日が経ち、後輩と店前を通ってみると、なんとオープンしてるじゃあないの。その日はアレコレと時間に追われていたため立ち寄ることができず、翌日に顔を出すことにした。

ドキドキ。ワクワク。リニューアルオープン。決して別の店になったわけではなく、オーナーは変わらないため、店の名前も以前と同じ。なので、以前の思い出は据え置きつつ、リニューアルした趣を味わえるってもんだ。これは一興。早速、のれんをくぐる。

「いらっしゃいませ」。店内からの第一声。ん? なんか元気がないなぁ。しかもこの時間やのに、お客さん一組しかおらんやん。なんか調子狂うなぁ。え? しかも立ち飲みの風情がたまらん店やったのに、椅子が置かれて座りの構成に変わってる。しかも、立ち飲みスタイルで囲む小さな木製のテーブルも、大きな4人掛けのテーブルに様変わりしている。それにより、店がとてつもなく狭く感じる。

出鼻を挫かれた気持ちで後輩とカウンターに座る。座る? 違和感。
以前は若く活力のある店長と、店を仕切るおっかさん的な女性、大学に通うフレッシュなお兄ちゃんの3人で店を回していたが、今回は、すごく声が小さく表情の暗いおっちゃん2名。これまた違和感。

また、以前はスタッフのスマートフォンに接続されたスピーカーから、多種多様な音楽が流れ、店内を活気づけていた。懐かしの歌謡曲が流れる日なんかは、ムードに合わせて会話にも深みが増したりなんかもした。ところがリニューアルされ、店内BGMが廃止されてしまっているじゃあないの。そして、味気なくポツンと壁掛けテレビ。それにより、店内はまだ準備中のような雰囲気が漂ってしまっている。

そしてだ、我々のように満足行くほど飲んだり食ったりできない金銭事情を抱えた人間をブチ殺さんとする「突き出し」の存在。この突き出しってやつは、良心的な価格帯で飲みを楽しみたい人間にとって、ボディーを強烈に打ち抜くようなダメージを与える。以前は突き出しがなく、気軽に飲めるのがウリだったのに。と、以前の店を懐かしんでも時既に遅し。眼前には、表情の暗いおっちゃんが二人いるだけだ。懐かしきあの店はもう返ってこない。

店内の客が先客と我々だけといった時間が流れ、しばらく後、以前の店の常連さんと思しき集団が入ってきた。予想通り、第一声は「椅子!?」だった。そりゃそうだ。みんな立ち飲みを楽しみに来ているのだ。リニューアルしたからって、いきなり椅子が設置されていたら面食らうに決まっている。

そして、店内BGMが廃止されたことによって、店内には沈黙が目立つ。店内が静かなもんだから会話のボリュームが抑えられ、皆一様に、内緒話をし合うような声のトーンで会話してしまっている。これも大誤算だ。

また、椅子にしたことによって、立ち飲み特有の「見知らぬ隣の客と、いきなり会話を始める。もしくは、いきなり会話が始まる」という現象も期待できなくなってしまった。で、声を抑えて会話するため、店内に会話という名のBGMも響かない。もちろん、呑兵衛が発する甲高い笑い声も生まれない。これじゃあ、完全に準備中だ。仕込み中だ。十数年の年月を共にしている後輩と、おそらく初めてじゃないかというくらい、会話に無言が差し挟まる。おいおい、どないしてくれんねん、この空気。

しまいには、テレビの電波状況が悪くなり、画面にはカラフルなノイズが走り、サイケデリックの極み。直視してしまうと、アルコールの一切を摂取していなくとも、嘔吐してしまうような映像が流れ続ける有り様。

そしてこれが決めてなんだ。これが決定打なんだ。我々もそれなりの大人。こんなことを言ってのけると、あまりの情けなさで公衆の面前に立てなくなるやもしらん。地元に帰ればキッズたちから罵声を浴びせられるやもしらん。だから言うまい言うまいと思っていたけれど、この際だ、言ってやる。もう、言ってやるかんね。それは──

価格帯が2倍ほどに上昇していたの。

飲食経営経験者ではないにせよ、例えリニューアルしたとしても、オープン時は以前の立ち飲みの常連さんが集うことは予想される。ビジネス街の一角は、顔なじみが集うもの。気軽さに飲めるのが絶対条件だし、味より何よりコミュニケーションを重視すべきじゃないの。

そして、高価格帯にするんだったら、近隣のライバルたちのほうが圧倒的に強い。遥かに居心地が良く、ビジネス的に言うならば、「高級っぽく見せて、意外と安く飲める店」みたいなコンセプトを持つ店に、食いつぶされてしまうよ。だって、「めちゃくちゃ格安で飲めそうな店構えなのに、いざ入ってみると高価格帯のラインアップが並ぶ店」になっちゃってるんだもん。

軽く飲んだ後、まだ仕事が残っていたので、割と早々に店を出なければならなかった。しかし、名残惜しい「おあいそ」ではない。むしろ、不幸中の幸い。お会計を申し出てレジへと向かう。そして、特に店側と客側の会話が生まれることもなく、事務的に会計を済ませ店を出る。

と、ここでもだ。以前の店なら、いずれかの店員さんが店の外まで見送ってくれて、別れ際の会話のようなものがあった。それもまた一興。また明日も来よ。と思わせてくれる、それはそれは居心地のいい配慮であった。

が、いずれのおっちゃん店員(きっとどちらかが店長)もレジで礼を述べたっきりだ。おいおい、慇懃無礼にすら及ばないぞ。別に、我々如きにそれほど丁寧な接客はして要らん。ただ、リニューアルオープン直後っつうのは、来てくれたお客様に確実にリピーターになってもらい、常連客へと格上げして行かねばならんだろうが。じゃなければ、店の経営も即座に危うくなるぞ。印象が全てだろうが。居心地が全てだろうが。また来たいと思わせてナンボだろうが。

と、店前で肩を落としつつ、後輩と「これはもう来れないな」と傷を舐め合う。ほんまにやる気があるんかいな、と店構えを改めて見回してみると、店の入口横に掛けられてある、通常なら「営業中」と書かれた看板。そいつまでもがやる気がなく、「準備中」の面が向けられてあるじゃあないの。こりゃあかん。貴重な店がまた一軒、我々の中から消失しましたとさ。

デタラメだもの。

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《3分後にはもう、別世界。》 広告企業勤め+フリーランスの兼業家。『3分で読めるショートストーリー作家+広告クリエイター+マーケッター』の切り口で記事を執筆しています。https://www.facebook.com/osakamoderndisco/
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