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飲み会の場に遅れて参加するのは、とにかく気が引ける。迷惑かけたり悪口言われたりが気になって、足が前に進まない。『デタラメだもの』

よほどの権力者でもない限り、自分の時間というものは、ある程度、誰かしらに主導権を握られているわけで。特にお客さんを相手しながら仕事をしていると、そういうことは日常茶飯事。

さあて、仕事も終わったことだし、一杯やりに行こうかしらんと腰を上げた刹那、急な連絡が入り、「夜中までにデザインの修正やっちゃってぇ」などと依頼が舞い込んだりする。詳細内容を確認するために電話をかけてみると、先方は既に飲み屋。ガヤガヤと音がやかましく、内容が聞き取れないなんてこともある。人並みに殺意は覚えるものの、それでおまんまを食っているわけだから仕方あるまい。

と、そんなことをボヤく気はさらさらなくって、とかく時間の主導権を握られがちな日々。予定している飲み会に遅れて参加しなければならない場面なんてのもあるわけだ。

一対一で会食する場面だったらまだいいよ。「申し訳ない。お客様のうちのひとりが、非常に慇懃無礼な奴でして。彼奴から急な依頼が入り、どうしても対応せねばならんわけ。秒速で済ませて駆けつけるので、喉の乾きが我慢できんようなら、先に生ビールでもグビグビやっちゃっててくださいな」と、懇切丁寧に詫びることができる。問題は、複数人で飲んだり食べたりするケースだ。

仮に三人で会食するとする。うち二人は既に会場に到着しているわけで、こちらが到着することを待っている状態。そりゃ先に二人が集まっていれば、会話も開始されるわな。久しぶりに集うメンツなら、会った瞬間から末永く募らせた話題を楽しみたいはずだ。こちらの到着を待つ間、既にひとネタふたネタ、会話を済ませているわけ。

するとどうだろう。遅ればせながら到着してみると、場は既に盛り上がり、賑やかな談笑が続いている。

「そうなんだよねぇ。めっちゃ笑えるでしょ! 会ったら絶対にこの話しよって思ってたんだ」とA氏。
「それはマジでおもしろい! 何か他におもろし話ないの──」とB氏。
「すんまへんすんまへん。慇懃無礼な奴のせいで遅れてしまって申し訳ない! で、何の話で盛り上がってたの?」

これだ。先着の二人に対し、つい今しがた披露した話、つい今しがた爆笑した話を、もう一度リピートさせてしまう悲しき宿命。罪深き愚行。罰せられるべき迷惑行為。

同じ話をこのスパンで二度させられるA氏の気持ちにもなってみろ俺。オチまで聞いた話をこのスパンで二度聞かされるB氏の気持ちを考えてみろ俺。話の鮮度は落ち、既知のオチに愛想笑いが蔓延ることは容易に想像がつく。それを強要しなければならない自分を呪え。つい今しがた披露された完全版のエピソードに対し、二度目は絶対にショートバージョンに決まっている。ディテールは省かれるに決まっている。笑いの破壊力も弱まるだろう。そんな話を聞かせてもらって、ほんとに嬉しいのか俺。しっかり考えろ俺。

という自問自答を繰り返しているうちに、「遅れるくらいなら不参加のほうが迷惑をかけないのでは──」という考えが頭をもたげ、気づけば欠席を告げる連絡を入れるなどし、ドタキャンというより重い十字架を背負うことになる。

話をリピートさせるだけならまだしも、遅れて参加する際には、さらなるリスクが伴う。それは何かっていうと、悪口を言われている可能性があるということだ。

人間とは許された時間を、できるだけ満喫しようと考える生き物だ。その時間にしかできないことを楽しみ、時間を有効活用しようと考える。
例えば、映画の上映が始まるまでの時間には、「どんな映画だろうねぇ」と、まもなく始まる映画に対して、ドキドキワクワクした会話を楽しむだろう。映画の上映が終われば、映画の余韻が残る特有の時間を、各々が感想を言い合ったりする時間として満喫するだろう。

旅館などで懐石料理の配膳を待つ間は、どんな料理が出てくるのかドキドキワクワクしながら話し合うだろうし、歯の治療のために歯医者を訪れた際などは、待合室で名前が呼ばれるまでの間、「痛かったらどうしよう」「痛いアピールで右手を挙げてるのに、治療をストップしてもらえなかったらどうしよう」などと、グズグズ言いながら、治療前ならではの時間の使い方をするだろう。

となるとだ、二人が先着で会場に到着しており、こちらが不在の状況で最もその時間に適した会話は何かと言えば──そう、悪口だ。

アイツがまだ来ていない。アイツが来ていない間にのみ許される楽しみ方といえば何だろう。アイツがいないからこそできる会話をして楽しもう。そうだ、こんな時だからこそ、アイツの悪口言っちゃおう。そうだ、そうしよう。と相成り、悪口を五月雨式に連発するに決まっている。だって、コイツが到着したらできなくなるんだもの。コイツが不在だからこそできる会話、すなわち悪口を言い合ってるに決まってるじゃん。

「そうだ。アイツって言えばさぁ、友達がいないから、いっつも一人で缶ビール飲みながら帰ってるらしいよ」とA氏。
「へぇー、楽しそうに繕ってるけど、寂しい人生だね。そういやアイツってさぁ、最近、やたら天狗になってねぇ?」とB氏。
「すんまへんすんまへん。慇懃無礼な奴のせいで遅れてしまって申し訳ない! で、何の話で盛り上がってたの?」

大体、表情で分かるよ。悪口を言ってたの。だって、声をかけた瞬間、ビクッとか、ギクッとか反応してたじゃない。そういうときって大体において、不在の人間の悪口、陰口を言ってるって相場が決まってる。

柱の陰に隠れて、どこまで悪口を続けるのか見届けてやろうかと思ったけれど、そんな不毛なことしてなんになる。それに耐え続けられるのか俺。それとも、「何を悪口言ってんだい!」と、気にもせずお道化ることはできるのかい俺。それとも、すっ飛んで行って、奴らの横っ面をぶん殴ることなんてできるのかい俺。

という自問自答を繰り返しているうちに、「遅れるくらいなら不参加のほうが傷つかないで済むのでは──」という考えが頭をもたげ、気づけば欠席を告げる連絡を入れるなどし、ドタキャンというより重い十字架を背負うことになる。

そんなこんなで、あらゆる飲み会やら会食やらに対し不参加を表明し続けて生きていると、遅れて参加することで感じる気まずさを味わわなくて済むようになった。まるで重圧から解放されたように身体は軽くなり、気持ちも軽やかな日々を送れるようになった。

ふふふん。と鼻歌を口ずさみながら街を歩いていると、偶然にも知人たちが談笑している場面に出くわした。こういう場面でも、変にその場に介入すると、盛り上がっている会話に水を差してしまったり、同じ話を繰り返させてしまったりするもんだから、邪魔はしまいと、ソロリ背後を通過しようと試みた。

すると、談笑の中から聞こえてきたのは、「アイツってさぁ、何でもかんでもドタキャンしやがるよなぁ。最低な奴だなぁ。もう二度と誘わないでおこうぜ」という悪口、陰口が聞こえてきた。

もしかして自分のことだろうか。いやいや、己の影の薄さを見くびるな。こんなところで話題にあがるはずもない。やたら飲み会をドタキャンする、どこかの誰かさんのことをネタにしているに決まっている。そうに決まっている。俺じゃない。俺じゃ──。

と考えるうちに弱気になり、やはり飲み会には時間通りに参加するよう試みるべきだ。という答えに至り、集合時刻の直前にリンリンと鳴った慇懃無礼な彼奴からの電話に対し、「すみません。僕、飲み会があるので、今夜は対応ができないのです」と素直に言ってみたところ、間髪入れずに契約を打ち切られてしまった。その仕事の報酬を飲み会代に当てる予定だったので、結果的に金欠により、飲み会には参加できなかった。

デタラメだもの。


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