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笑いを取りに行ってスベったり、誰かをイジッたりしている様子が、もしも盗聴されていたとしたら?『デタラメだもの』

それにしても、実に生きづらい世の中になったものだ。世知辛い世の中になったものだ。こんな人間にまで、盗聴の魔の手が忍び寄ってくるんだもの。盗聴といっても、まぁ、アレなんだけどね。まぁ、そんな、アレなんだけどね。

仕事上、客先に訪問して、事業のことについてあれやこれやと偉そうにアドバイスしたり、「やれ、どのように改善すればどんな風に数字が上向きまっせ」などと、尊大ぶった態度でベラベラとおしゃべりする機会が多く、長い時には2時間近く喋りっぱなし、なんてこともある。

まあね、大阪という地に生まれ育った因果か、おしゃべりするのは嫌いじゃない。年を重ねるごとに、手を動かす仕事よりも口を動かす仕事のほうがパフォーマンス高ぇんじゃないの、なんて阿呆みたいなことを言ってのける始末。ともかく、今日も今日とて、ご陽気に喋るしゃべる。

と、そんな陽気な気分を打ち砕くような事件が起こってしまったわけで。何かって言うと、某企業で演説をこいている最中、某担当がとある事実を吐露した。なんと、手首に装着する高性能な時計型電子機器を使用して、調子をぶっこいた演説を盗聴してやがったのである。

いやん。なんとも助平な話ですこと。

プロとしておしゃべりする以上、発言に責任を持つのは当然のこと。尊大ぶった態度で語り散らしているんだから、それ相応のアドバイスは提供して然るべき。たとえそれが録音されていようが盗聴されていようが、疚しくも後ろめたくもない。

じゃあ、何を気にしているかって言うと、所謂ビジネスとは無縁の、しょうもない雑談だったり、ウケを狙いに行った発言だったり、ボケだったりツッコミだったりの、あまりにも無価値な会話の類が録音されているということである。

ビジネスの場面では大勢の人間が集まると、なかなかどうして空気が張り詰めたりもする。で、張り詰めた空気の中でアレやコレやと会話を押し進めてしまうと、議論が先鋭化してしまったり、時に険悪化してしまったりする。そういう空気が漂ってしまうと、上手く行くものも途端に頓挫。そうなってしまわないよう、要所要所で無価値な会話を差し挟んだりするわけだ。時に漫才師のようにお道化てみたりもする。

この無価値な会話というものは、会議の序盤の空気を和らげたり、中盤の中だるみでリラックス効果を生んだり、終盤の局面手前で緊張を緩和したりと、大いに役に立つ。がしかし、その瞬間だけに効力を発揮するものであって、それが録音されて後世にまで残ることを想像すると、ゾッとする。漫才師のようにお道化ている様子を録音されて、喜ぶ人間などいるわけがない。

録音されるだけならまだしも、さらに恐ろしい事実が待っていたのである。それは、こっちが尊大ぶった態度でベラベラとおしゃべりする様子を録音しなければならない理由にあった。なんと、録音した内容を後日再生しながら、再度それを聴き持って、議事録を作成していたというのだ。アカン、なんという痴態。醜態。当人たち、もしくは他の誰か、議事録を作成する担当者が、改めて音源を聴いちゃってるじゃないの。

漫才師のようにお道化て、時に空気が凍りつくくらいにスベっているときだってあるんだよ。あくまで瞬間的に効力を発揮するお道化だから、言ったそばから消失するような不毛な言葉たちだから。そう決め込んだ上で、こっちだって言い放っているんだよ。改めて聴くなよ、おい。そこまで人を追い込むなよ、おい。

空気が凍りつくくらいにスベっているだけならば、恥を忍ぶだけで済む。まぁ、決して済んではいないんだけどね。百歩譲って、というやつ。忍んでやるよ仕方がないから。

問題は、先方の上席のことをオモシロおかしくイジってみたり、他部署の業績なんかをオモシロおかしくイジってみたり、閉鎖された空間だからこそ許容されていたであろう数々のネタたち。あんなものは、その瞬間にこそポッと出て、ハハハッと笑って、歴史から消失するのが宿命なわけだ。そんなものを音源として収録しちゃってたら、危険極まりない。こっちの首だって飛んでしまいかねない。

アカン。完全にペースが狂ってしまう。

「実は盗聴してたんですよ」のカミングアウトを受けてからというもの、尊大ぶった態度でベラベラとおしゃべりするどころか、矮小な態度でコソコソとおしゃべるする人間に成り果ててしまった。だって、首が飛んでしまいかねないんだもの。

そこで提案してみた。「あの──よろしかったら、こちらで議事録作成いたしますよ。そうすれば、録音した音源を改めて聴き返すお手間もなくなりますし、そもそも録音する必要すらなくなりますもんね」と。すると先方、「いえいえ、とんでもないですよ。それぐらいの負担はこちらで請け負いますので」と、清潔感溢れる笑顔でもって、懇切丁寧にお断りしやがった。

それからというもの、笑いを取りに行ったがために、ズルズルにスベるということを恐れきった結果、笑いのない乾いた会議が続くようになった。それまでは和気あいあいと進行していた会議も、どこか殺伐とし、議論は極めて先鋭的になり、ちょっとした資料内のミスなども、徹底的に追求されることになった。フランクな空気だったからこそ飛び出していたアイデアなんかも出なくなった。

先方の担当間でもモメごとが多くなり、3回に1回は殴り合いにもなった。お茶をぶっかけたり、ノートパソコンで殴打したり、腹を立てた担当が相手の担当の住所をインターネット上に晒したりと、会議は荒れに荒れた。殺伐とした人間関係を憂い、涙しながら会議を進行した。あの日のみんなに戻れますようにと、休みの日には連日、滝行に出かけた。

しかし、尊大ぶった態度でベラベラとおしゃべりすることがなくなったことで、良い結果にもつながった。それは、通常だと2時間近くかかっていた会議が、30分程度で終わるようになったということ。圧倒的に時間が短縮されたことによって、関係各位は皆、喜んだ。ちゃっちゃと会議済ませて、飲みに行く時間も確保できた。

ということはだ、こちらが提供する無価値な会話の類が1時間半も占めていたということになる。なんという不毛な労力を使っていたのだ。それに気づけただけでも、人生、得した気になれるってもんだ。何より、無価値な会話の類を提供することで与えてしまった先方への迷惑を思えば、心苦しくもなるじゃあないの。

「無価値な会話の類がなくなって、会議が早く終わるようになってよかったですね」と、微笑みながら担当さんに話しかけると、「実は、無価値な会話の類だけじゃなく、会議そのものも無価値なんじゃないかという話が上席から出ておりまして」と、虚を突くような発言が。

「えっ!? 会議が無価値ということは、もうこの会議は催されない?」
「──そうですね。そういうことになります」
「ということは、契約も──」
「はい。終了とさせていただければと」
「ほんまでっか……!?」
「ほんまです」
「あの──ひとつご提案なのですが……。もしよろしければ、盗聴していただいても結構ですので、無価値な会話の類込みで、以前のように尊大ぶった態度でベラベラとおしゃべりする契約を継続していただくことはできませんでしょうか?」
「それはちょっと」
「そりゃそうですよね。私もこの世界に長く勤めております。ご事情をお察しした上で、素直に諦めます。では、お時間が許す際にでも、また無価値な会話のひとつでもご提供しに参りますので、相手してやってくださいませ」
「それも結構です」

このように、盗聴は人の人生を狂わせる。これが何よりの証拠。もしかすると、あなたもどこかで盗聴されているかもしれない。結果、契約を打ち切られてしまう危険性もある盗聴。手首に装着する高性能な時計型電子機器を使用している担当が現れた日には、事前に盗聴の可能性を確認しておくことをおすすめする。

デタラメだもの。

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