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良かれと思ってやって差し上げた善行が裏目に出て、結果的に悪人扱いされてしまうということを恐れ、二の足を踏み続ける日々。

良かれと思ってやる行為が、裏目に出てしまってはどうしようと寸前に危惧し、二の足を踏んだ結果、結局のところ、善行が行えずに終わってしまうケースがある。というか、そういうケースばかりだ。そういうケースで溢れかえっていて、ますます萎縮してしまう。

先日、電車に乗っていたところ、座席をめぐる問題で善行に戸惑うことがあった。普段は電車に乗った際、座席に座ることはない。が、その日は方方への移動が連なる日で、最終的に飛び乗った電車の中ではもはや、グデングデンに疲れ果てていた。そのためか、いと珍しく座席に座ることに。

書物を読みながら時を過ごしていると、目の前に妊婦さんが吊り革を持って立たれた。当初より座席に座る性分ではない僕は、それを見るや否や、すっくと立ち上がり座席を譲ろうとした。その時である。脳と脊髄に稲妻のような衝撃を感じた。それは、「もしこの女性が妊婦さんではなく、他の女性よりも幾分だけふっくらとした女性だった場合、えげつないほど失礼なことをやってのけてしまうことになる」という衝撃的な気づき。

女性の気持ちからすると、こうだ。「えっ。アタシって、他の女性よりも幾分だけふっくらとしてるだけと自認していたのに、目の前のグデングデンに疲れた男ってば、アタシのことを妊婦だと勘違いして席を譲りやがった。失礼にもほどがある。名誉毀損で訴えるしかない。そうだ。パパの知り合いに有能な弁護士がいるって聞いたことがある。早速、相談してみよう。そして、目の前の失礼極まりない野郎を打ちのめしてやろう」と、思うに決まっている。善行をしようと思ったが最後。悪人として訴えられるという結末が待っているに違いない。

そんな行く末を想像した僕は、訴訟されることに怯え、足がガクガクと震え出し、しまいには少量の小便を下着内に漏らしていたと記憶している。ただ、もしその女性が正真正銘の妊婦さんだった場合、僕は妊婦さんが目の前に立っているにも関わらず、堂々と座席に鎮座するクソ野郎ということになり果ててしまう。それを思うと、胸が苦しい。

とは言え、「妊婦さんですか?」と尋ねるのも失礼にあたる。もし万が一、妊婦さんではなく、他の女性よりも幾分だけふっくらとした女性だった場合、大いに傷つけてしまうことだろう。傷ついた彼女がその不名誉を取り戻すため、ダイエットに挑むべく、スポーツジムやエステサロンに通うことになった場合、その入会金や施術費は、こちらで負担しなければならなくなってしまう。

このように、善行を行うに際しては、二の足を踏まざるを得ない事象が世の中多すぎるわけである。

こんなこともあった。何気なく歩道を歩いていると、自転車が倒れているのを発見。あれまぁ、可哀想に。そう思い、自転車を起こしてやることにした。後ろの荷台に子ども専用の座席シートが取り付けてあるタイプの自転車だったため予想以上に重く、起こしてやるのに時間を食っていると、自転車の持ち主が戻ってきたのである。

こちとら可哀想な自転車を起こしてやっている身分。よいしょと起こしきった後に、少しばかりニッと白い歯を見せて微笑。するとあろうことか、先方は自転車をぶっ倒したのがこの僕ちんだと決め込んでいるらしく、その目はおどろおどろしいほどに尖り、こちらを睨みつけている。

胸が傷んだ。善行を行って差し上げたはずが、悪人というレッテルをベタ貼りにされてしまっている。冤罪はアカン。身の潔白は証明せなアカン。ということで僕は、「あっ、倒れてたんでね──」と事実を告げる。しかし先方、どうやらこちらを完全な悪人と思い込んでいるらしく、僕を睨むその目を撤回しようとなさらない。むしろ、こいつは嘘をついて罪を逃れようとする姑息な人間だという、新たなレッテルすらもベタ貼りしそうな勢い。何でこんなことになるのん。

ある横浜家系ラーメン屋では、ラーメンが仕上がり、アルバイトのスタッフが僕の注文したラーメンを運んできたときにトラブルが起こった。カウンターに座る僕に対し、「熱いですから気をつけてくださいね」と言いながら、カウンター越しからラーメンをこちらの眼前に置こうとするスタッフ。ちょうど僕の目の前には、箸立てやらウォーターポットやら調味料やらが並んでいたので、ラーメンを配膳しにくそうなスタッフ。それを見た僕は機転を利かせ、ラーメンを受け取って差し上げようとした。

するとスタッフ。「熱いって言ってるじゃないですか! 僕が置くので手を出さないでください!」と怒鳴りやがった。かなり多くのお客さんがラーメンを食していたため、周囲からの視線が突き刺さる。「あいつ、拍子抜けした顔面して、何を店員に怒鳴られてやがるんだ」などと、心の中でほくそ笑まれているに違いない。

客が熱されたラーメン鉢に触れることによって火傷してしまうリスクを回避するためだ、ということは重々わかる。それにしても言い方だ。客のことを慮り、リスク軽減するんだったら、つい客が手を差し伸べてしまいたくなるような、そんな危うげなモーションでラーメンを配膳するんじゃないわよ。ぷんすか。

若い大将がひとりで切り盛りするタイプのラーメン屋に行ったときなどは、やたらと店内が混雑し、大将がバタバタとしていたため善行を決意。完食した後のラーメン鉢を、目線のあたりにある、一段高くなった配膳用のカウンター上に置いて差し上げた。

なぜなら、ラーメン鉢を手元のカウンターに置き去りにしたまま店を出てしまうと、わざわざ大将が客席側まで回り込んできて、食後の食器類を回収しなければならないから。だったら、目の前の配膳用のカウンターに置いて差し上げることで、キッチン側からでも食器類を回収できる。大将の手間を思ってやった善行のはず。それなのに大将。「あっ、そこに食器、置かんといてください!」と怒鳴りやがった。だったら最初からそう書いといてよ。ぷんすか。

僕が被害を被ったわけではなく、目撃したケースもある。またしても電車の車中。若い女子が老齢のマダムに座席を譲ろうと、すっくと立ち上がり、「どうぞ」と空席を手で指し示す。するとマダム、「ああ、気を使わなくてもいいのよ」と遠慮。女子は、「いえいえ、どうぞどうぞ」と笑顔で再び指し示す。「いや、いいのよ、ほんとに気を使ってもらわなくても」とマダム。

最終的にどうなったかというと、マダムが激昂し、「だからね! 要らないって言ってるじゃないの!」と声を荒げる。女子はめちゃくちゃ気まずそう。一度立ち上がった座席に再び座るのもなぁ、ってな感じ。申し訳なさそうな表情を浮かべながらペコリと謝罪。そのまま隣の車両に移って行った。善行って、こんなにも代償がデカいものなの?

ただ、そんなことに怯え切ってしまっていては、誰ひとりとして救ってあげることはできない。例え自分にどんな困難が降りかかろうと、周囲からバカ扱いされようと、救ってあげるべき人には手を差し伸べるべきだ。もっと強く生きねば。もっと勇気を持たねば。羞恥心の類をかなぐり捨てねば。

そう思い、お仕事で困っている人、悩んでいる人、迷っている人、救って欲しそうにしている人たちに対し、片っ端から手を差し伸べて行った。基本的には皆、仕事が行き詰まっている人だったり、多くのお金を保有していない人だったり。そういった人たちを救い続けている昨今。無償で提供した善行がアダとなり、今現在では対価を貰える仕事に充てる時間がすっかりなくなってしまった。予算は未達。給料は減給。顧客とは疎遠。さぁ、どうしたもんだ。クビになりかけているぞ。これはマズい。

やけを起こした僕は、場末の酒場で呑んだくれることに。たとえ酔っ払っていても善行は忘れない。店が混雑している際にオーダーを頻発してしまうと、多忙という火に油を注いでしまうことに。なので、スタッフさんが落ち着くタイミングを見計らってオーダーしようと思い様子を見ていると、「すみません。待ってるお客さんもいてるんで、オーダーしないんだったら出て行ってもらえます?」と言われてしまった──という夢を見た。さすがに世の中、そこまで鬼畜生ではあるまいな。

デタラメだもの。

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《3分後にはもう、別世界。》 広告企業勤め+フリーランスの兼業家。『3分で読めるショートストーリー作家+広告クリエイター+マーケッター』の切り口で記事を執筆しています。https://www.facebook.com/osakamoderndisco/
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