見出し画像

なんでも後回しにしたくなる、人間の怠慢さを矯正するアプリケーションを思いついたのだが……。『デタラメだもの』

人間という生き物は、やたらめったら、やらなければならないことを後回しにしてしまう。やらねばならないと分かっていても、それを後回しにして、愉快なことや簡単なこと、単純なことや欲望を満たすことを優先してしまう生き物だ。

例えば仕事の場面では、「このミスを報告したら、めっちゃ怒られるんだよなぁ」というシチュエーションがある。自分にとってのマイナスが決定していることに関しては、殊更後回しにしてしまいがちだ。トラブルはできるだけ早く対処したほうが、火は炎と化さないし、鎮火できる可能性も高くなる。時間が経てば経つほど、炎は燃え盛り、手に負えなくなってしまうものだ。

トラブルを矮小化させる効率論なんて、そんなことは一部のクレバーな人たちの考えることであって、市井に暮らす我々のような人間にとってトラブルは、後回しの対象だ。誰が率先して、嫌な気持ちになることを好き好んでやるものか。そんなことより動画サイトにへばり付いて、続々と紹介される関連動画を見続けていたいものだ。時間を忘れて曜日も忘れて月日も忘れて、怠惰に暮らして行きたいものだ。

複雑怪奇、難解な仕事、なんてものも後回しにしたくなる。簡単な仕事をサクサクとこなし、「俺ってめっちゃ仕事できるやつやん」と、自画自賛を続けて生きて行きたいものだ。そのほうがハッピーだし、精神衛生上の観点からも優れた選択肢といえるだろう。

そんな折、市井に暮らす我々のような人間はどのように考えているかというと、「後回しにして放置してる間に、事態って好転してんじゃね?」「後回しにしてる内に、誰かが解決してくれてんじゃね?」「誰かが肩代わりして、仕事やってくれてんじゃね?」という妄想的希望的観測である。我々は現実社会に生きている。そんな都合良く、物事が進むはずがない。そんなことが一度でもあっただろうか。いや、待てよ──。

その昔、こんな経験はなかったろうか。幼少期、食べたお菓子の空袋を放置していると、母親なり祖母なりが片づけてくれた経験。躾の厳しい家庭なら、「自分で食べたものくらい自分で片付けなさい!」と叱られることもあっただろう。ただ、あとで捨てようと思っていたゴミ、あとで消そうと思っていた部屋の電気、あとでやろうと思っていた夏休みの宿題。最終的には、誰かが代わりにやってくれたり、誰かが手伝ってくれたりしたものだ。そういった甘い汁を、我々の体内のDNAは記憶している。だから、後回しに託したくもなる。

まぁ、仕事なんてのは基本的には億劫なもので、だからこそ後回しにしたくなる。そんな気持ちは分からなくもない。しかしだ、人間は自分でやろうと決めたことですら、後回しにする。例えば、ダイエットして見た目を良くしたい。そして素敵な恋愛をしたり、他者から素敵な人間だと思われたい。そんな自分にとってのプラスの願望を叶えるために誓ったダイエットですら、後回しにしてしまう。運動や禁煙なんかもそうだね。

「今日からダイエットを始めたけど、とりあえず目の前のプリンは食べちゃおう。甘いものを控えるのは、これを食べてから」といった具合や、「肉体改造のために運動することにしたけど、とりあえず動画サイトにへばり付いて、紹介される関連動画を観たあとにしよう」とか、「禁煙しなくちゃならないのは承知している。ただ、タバコがあと30円値上がりしてからやめよう」とか。

もちろん、目先の欲求に負けず、意志を貫き通せる人もいる。そんなことは一部のストイックな人たちに限ったことであって、市井に暮らす我々のような人間にとって辛いことは、後回しの対象だ。

そこで考えてみた。自分で決めたことを後回しにしてしまうと、罰金を食らうアプリケーションを開発してみてはどうか、と。例えば、「10時にはダイエットのための運動をしよう」とスケジュールをセットする。で、いざ後回し癖が出て運動を怠ったとしよう。すると、3,000円の罰金を食らう、という仕組みだ。要するに、欲を取れば何かを失う。そんな究極の選択を迫るという仕組み。

どうやって罰金を徴収するの? そんな疑問が聞こえてきた。そこは大丈夫。アプリケーションには銀行口座を登録しておき、後回しにしてしまうとその口座から罰金となるお金が自動的に引き落とされる。引き落とされたお金は、困っている人たちに寄付する仕組みとしよう。本来であればやらなければならないことなのに、それを怠り、欲を取った自分。つまりは、欲を買ったと思わばいいわけだ。

どうやら人は、お金を支払うことには敏感で警戒心が強いくせに、自動的に引き落とされるお金には無頓着な側面があるらしい。駅前などで募金している人たちにお金を出すのは渋る反面、過去に登録して継続的に課金され続けているスマートフォンのアプリケーションの利用料には無頓着。そんなアプリケーション、既に使ってもいないのに。10円ばかり安い野菜を買うために遠方のスーパーマーケットに出かけるわりに、銀行やコンビニのATMに対しては数百円の手数料を払ったりする始末。

「最近じゃ音楽とか聴かないから、もうCDとか買うこともなくなった」と言っている人が、月額1,000円で音楽聴き放題のサービスに登録していたりもする。もともと音楽を聴かなくなっちゃった人なんだから、聴き放題サービスに登録しても聴かないはずだ。年間で12,000円だぜ。

このように、お金を出すのは渋るけど、お金を引き落とされることに関しては痛みを感じないわけだ。だから、自動引落で罰金を徴収させてもらう。

いやいや、自己申告なんだから、後回しにしなかったことにしちゃえばいいじゃん。そんな声が聞こえてきた。そこは大丈夫。AIとタッグを組む。ちゃんと運動している様子をカメラに映し、AIがOKを出さなければ罰金が発生する。AIの目は誤魔化せない。

じゃあ、甘いものを買ったりタバコを買ったりはどう制御するの? 大丈夫。買い物は全てクレジットカードや電子マネーなど、証跡が残る決済方法で統一してもらう。そうすれば、品名をデータ上でチェックできる。収入と支出の管理もAIがやってくれる。こっそり現金で甘いものやタバコを買った場合は? 大丈夫。後回し禁止令の取り組みにおいては、証跡の残る決済方法以外は認められていないので、証跡が残らなかった買い物の金額は罰金として徴収される。

というように、後回しができないよう、徹底的な管理体制のもと、我々は生活しなければならなくなる。なぜそこまでしなければならないんだ? そんな声も聞こえてきそうなものだが、いやいや、なぜここまでしなければ、自分で取り決めたことを宣言通りに遂行できないんだ? 自分の意志の弱さを責めるべきじゃないのか。

そんなこんなで革命的なアプリケーションの構想ができた。発案者たるもの、まずは自分で体験してみるべきであるし、自分が取り組んでみてこそ、より良い機能だったりサービスだったりを提供できるものだ。

そう思い、試作版で体験してみることにした。すると、2日で罰金が87,000円にもなってしまった。あかん。銀行口座からお金がなくなってしもうた。ということで、正規版の制作費が捻出できなくなってしまったため、人間の弛んだ精神を矯正する当該アプリケーションの制作は断念することにしよう。いや、お金を貯めてから制作しよう。そうしよう。こんなものは、後回しにしてやれ。

デタラメだもの。

▼ショートストーリー30作品を収めた電子書籍を出版しました!

▼常盤英孝のプロフィールページはこちら。

▼ショートストーリー作家のページはこちら。

▼更新情報はfacebookページで。


今後も良記事でご返報いたしますので、もしよろしければ!サポートは、もっと楽しいエンタメへの活動資金にさせていただきます!