恵比寿駅が奏でるメロディーにアリバイを崩されたのですが?😡
先日、仕事をサボっている日があった。
私の職業はライターである。つまり私にとって、仕事をサボるとは「原稿を無視する」ことを意味する。
伝えられた締切に、間に合わない。どうも、やる気がでない。そんな状態で原稿と向き合っても、キーボードを打つ手が進むはずがない。
だから私は気分が乗らないとき、原稿を無視することにしている。本当のマジでガチでヤバい雰囲気のときは徹夜してでもフィニッシュまで持っていくが、そうでない場合は後日土下座も辞さない構えで無視するのだ。
つい先日も、そんなときがあった。締切は近づいているのだけど、どうもモチベーションが上がらない。伝えられている締切は、その日いっぱい。しかしなんだか、原稿が進まない…。だから私は飲みに出かけた。たまたま友人が恵比寿で飲んでいるというので、合流しようと思ったのだ。
チャンチャラ、ラン♫ チャララ、ラン♫
恵比寿には21時ごろに着いた。もうこうなっては、どうあがていも24時の締切には間に合わない。私は開き直り、ジントニックをガバガバと飲むことにした。
友人たちとワイワイ話す。ああ、楽しい。こんな楽しいひとときがあるから、いつも自宅にこもって、1人で仕事をしていても耐えられるというものだ。
そんなことを考えながら、どんどんお酒を飲んでいく。
やがて22時になった。さすがにちょっと心配になり、携帯をチェックする。編集者から連絡は来ていない。よかったよかった。胸を撫で下ろす。もう、あれかな? 今日が締切って言ってたけど、実は明後日ぐらいでもいいんじゃないのかな? アッハッハ。自分勝手な妄想をふくらまし、おつまみの梅水晶をオーダーする。
ああ、美味いぜ。ここの梅水晶、うまいぜ。ジントニック片手に酸っぱいおつまみを食べながら、ニコニコとお喋りを続ける。
そのときだった。LINEの着信音が鳴った。
テンテンテンテンテンテンテン↗︎↗︎ テンテンテンテンテンテンテン↗︎↗︎
心臓をわし掴みされた気分になる。おそるおそるポケットからアイフォンを取り出すと、画面には編集者の名前が表示されていた。
(やばい……!このひと、諦めてなかったのか……!)
いったん電話が鳴り終わるまで待ち、すぐにメッセージを送る。「どうしましたか?」。締切の件には触れず、ジャブを打ってみる。
するとすぐに既読がついた。しかし、返信がない。なにこれ、どういう状態? ブチギレで、テキストを打つのも嫌って感じ?
私は焦ったが、もうどうしようもない。手元にパソコンがあるわけではないので、とりあえず目の前の酒を飲み干す。アイフォンがブルッと震えた。
「原稿、どうですか」
シンプルかつ本質的な質問だった。どうしよう…。もう、言い訳はできない。私は、正々堂々と返信をすることにした。
「すいません💦いま、マッハでやってます!」
メッセージを打ち込み、梅水晶に箸を伸ばす。うーむ、どうしよう。家に帰って原稿をやらねばいけないけれど、友人たちとのお喋りは盛り上がっている。まあ、とりあえず大丈夫か。そんな気持ちで、お酒を飲むことにした。
やがて時刻は23時になった。友人たちも私も、いい感じの酔い具合である。それぞれの近況や仕事の話など、話題はなかなか尽きない。
そのとき再びLINEの着信音が鳴った。テンテンテンテンテンテンテン↗︎↗︎ テンテンテンテンテンテンテン↗︎↗︎ 画面を見ると、編集者からである。マジ? この時間にかけてくるってことは、このひとマジだ。私は覚悟を決めて、電話に出ることにした。席を立ち、店の外へ出る。酔っ払いたちの声がする居酒屋から早足で離れ、人通りの少ない路地裏へ駆け込んだ。
「はい、お疲れさまですー。」
いかにも原稿を頑張っているという声で、電話に出る。
「進み具合、どうですか」
ちょっとキレ気味の、編集者の声。これはマズイと思った。ここでサボっていることがバレたら、本当にカミナリが落ちてくる可能性がある。私は猫なで声で、ヒイヒイ疲れている雰囲気で返事をした。
「あの…いま頑張ってやってまして…もう少し、あとちょっとで終わりそうではあるんですが…」
「そう。やってることは、やってるんですね?」
「はい、レッドブル飲みながら、必死にやってます(笑)」
「……そうですか。まあ、さいあくでも明日の昼までには欲しいんですけど、いけます?」
「……はい、とにかく頑張ってみます。いまも必死で、進めていまし……」
そのときだった。
チャンチャラ、ラン♫ チャララ、ラン♫
愉快なメロディーが、恵比寿駅から聞こえてくる。電車が発車するときの音だ。私はあわてて空咳をした。ヴッヴン!ヴッヴン! 喉の奥で太い音を鳴らし、メロディーをかき消そうとする。
「……なんですか、その音?」
編集者が”気づいた”気配がする。
「……なにがですか?」
「いま、なんか鳴ってなかった?」
「いや……別に? 近所の猫ですかね。ははは」
「つじさん」
「はい?」
「恵比寿いるでしょ」
「はい?」
「聞こえたよ、電車の音」
「……」
「明日の昼までに頼みますよ」
「……」
「じゃ、早く家帰ってやってね」
「……はい」
ブツッ。電話が切れた。
こうして私は、恵比寿駅の電車が発車するときの音で、アリバイを崩されてしまったのである。
まったくJR東日本さんよォ。君たちが余計な音楽を奏でるせいで、完全犯罪が失敗しちゃったじゃないか。私は大きく肩をすくめて、店へ戻った。そしてそのまま次の店へとハシゴする友人たちに別れを告げ、泣く泣くタクシーで自宅へ帰り、マッハで原稿を仕上げた。
以上がコトの顛末である。
みなさんもどうか、電車の発車音には気を付けてください。メロディーが特徴的な駅の近くで遊ぶときは、くれぐれも通話口をふさぐように。念のため、愉快なメロディーを奏でる駅のリストを下記しておきます。なんならこれを利用して、逆アリバイを成立させることも可能です。いいアイデアが思い付いたときは、共有してください。ともに仕事をサボっていきましょう。いい感じのアリバイであれば、PayPay送金で至急振り込みますので。
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