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切り離されたマンハッタン

今回のテーマ:ハドソンリバーとイーストリバー

by らうす・こんぶ

エンタメ、アート、グルメ、金融の中心であるマンハッタン島をほかの地域から切り離すように流れるふたつの川、それがハドソンリバーとイーストリバーだ。

ニュージャージー側から眺めるハドソンリバー対岸のマンハッタン摩天楼の写真は誰でも見たことがあるだろう。ブルックリンブリッジの袂からイーストリバー越しに眺めるマンハッタンもニューヨークのガイドブックなどでおなじみだ。

マンハッタンはいつもハドソンリバーやイーストリバーの反対側から眺められる対象だった。おそらく成功やあこがれのアイコンとして。

ニューヨークに初めて旅してからずっと、私にとってマンハッタンは生活の場としての最終地点だった。それまでは東京に住み、東京が大好きだった。自分が求めるものの多くが都会にあることを自覚していたので、東京の次はニューヨーク、マンハッタンと考えるのは私にとって自然なことだった。

世界中から人が集まってくる。それに伴って、文化、食べ物、情報が集まってくるのがニューヨークであり、加えてお金も集まってくるのがマンハッタンだ。911やコロナ禍の直後一時的に他の地域に移った人たちも、やがてまた二つの川に挟まれた場所に戻ってきた。マンハッタンにそれだけの価値を認めているからだ。

でも、私は次第に、洗練された文化が集まってくるのはマンハッタンだが、生活に密着した生の文化、食べ物、情報が集まってくるのはマンハッタンではなくクイーンズやブルックリンだと思うようになった。それはつまり、移民が多いということだ。

マンハッタンにはすばらしい美術館があり、ブロードウェイがあり、ライブハウスがあり、高い価値を認められた文化に触れることができる。完成され、洗練された文化を受け身的に楽しむにはマンハッタンは最高の場所だ。

でも、まだ価値を認められていない原石のような文化が埋もれているのはクイーンズやブルックリンであり、ニュージャージーに点在するエスニックタウンではないだろうか。そこでは能動的でなければ、価値の定まっていない原石のような文化を掘り起こして楽しむことはできない。だからこそ、おもしろい。

そう思うようになって以来、ハドソンリバーとイーストリバーの意味が変化した。私の中でこのふたつの川は、文化を受け身的に享受する場所と価値の定まっていない文化を発掘しようとする場所とを分ける川になった。



らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

らうす・こんぶのnote: 

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