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早春、南伊豆逗留記⑤【ジモ泉をあきらめて】

<前回はこちら>

 ここ横川温泉には、いくつかの地元民専用浴場がある。門外不出、町民以外の入浴は禁じられている。

 温泉ファンにとっては釈迦に説法だろうが、通常温泉街の中で最も良い湯は共同浴場に引湯される。時には観光地のシンボルとしての役務を果たすその存在。
 山形県かみのやま温泉、「下大湯」や、福島県飯坂温泉「鯖児湯 さばこゆ」など。威風堂々の荘厳さを兼ね備え、多くの観光客も吸い込まれていく。

 あるいは地元民の憩いの場として、余りにも街に溶け込み過ぎた浴場。
初見では公民館と見紛う簡素な木造やコンクリ造り。100円台から300円程度で入浴が可能だったり、外来客も宿泊すれば無料になる湯も。
 長野県霊泉寺温泉「霊泉寺共同浴場」や山形県肘折温泉「上の湯」などなど。

 地元民が組合を作り交番で清掃を行い、湯船は小さく、そして清掃管理費というお気持ち程度の値段。極めて湯の鮮度が高く、眼識の磨かれた温泉ファン達を唸らせる。


 滞在中の千代田屋旅館の隣、切石の不均一な階段の下に瓦屋根の小屋がある。鉄砲雨でも喰らえばすぐに沈んでしまいそうなそれも、「ジモ泉」だ。ご主人に伺うと、やはり何度も雨に沈み修繕を重ね現有を維持しているという。

 旅館の玄関に飾られている大正時代に撮られた一枚のモノクロ写真。
100年以上前の横川温泉を写したものだ。千代田屋旅館も既に存在し、手前にも確かに半地下の瓦屋根が確認できる。

私  「こちらの湯、源泉は宿と同じなのでしょうか?」
主人 「違うんです、これはこの湯のほぼ真下から湧いているんですよ」
私  「素晴らしい。だから半地下なのですね」


 温泉は鮮度が命。湯は空気に触れることを嫌い、ポンプで揚湯する間にも劣化が始まってしまう。物理的にGL(グランドレベル)に接していない所に湯が上がることはない。だからこそ、良い湯こそ「下」にある。


主人 「昔は自噴で揚がっていました。今は少し動力を使っています」
   「下田一帯で温泉開発が進んで、湯量が減ってしまって」
私  「そうでしたか」
主人 「私が子供の頃は、川遊びをしてそのまま湯に飛び込んだものです」


 入れる訳でもない浴場の外観を見て、痛く感動し見入ってしまう。
更に驚くべきことにこのジモ泉、何と混浴だ。確かに扉が一つしかない。

 絶滅危惧種となりつつある混浴。時代の流れと共に衰退を余儀なくされ、つい先日も群馬県四万温泉「積善館(※日本最古の湯宿建築)」の岩風呂が混浴から入替制に。同県猿ヶ京温泉「湖上閣」も名うての混浴旅館だったが、先月末を持って長期閉館に入り再開未定だ。
 
 日本の法律上新規で混浴は造ることは出来ず、法の不遡及原則により現存するままとなっている。入浴客のマナーの悪さも一因となり次々と閉鎖され、残されているのは岩造りや露天風呂が多数と推察される(※あくまで私の予測)。
 
 
 こちらの混浴、外観の雰囲気から5~6人サイズ。湯小屋の側溝に源泉が落ち、煙を纏いながらそのまま川へと流れて行く。この湯が上質であろうことは、温泉ファンならば誰でも容易に想像がつくだろう。


主人 「もう決まった人が同じ時間にしか入らないです」
私  「これは凄い、町が絶対に守らなければいけません」

 手を伸ばせば届く桃源郷。だが戸には「区民以外の入浴をお断りします」の文字。立入や撮影禁止などの文言はないが、一温泉ファンとしてルールを遵奉。外から眺めるだけに留めた。


女将 「共同浴場はあと二つあるの」
   「川沿いに一つ、あと少し山へ登ったところにあるよ」
私  「そうですか。散歩がてら行ってみます」
女将 「私も入ったことないんだけどね」
私  「女将さんでも入ったことなんですか?!」
女将 「そうなの。交番で清掃はするんだけどね。私は隣町から来たから」

 
 ジモ泉どころか地元民ですら入れない鉄壁の要塞。
側溝に流れている湯は無色透明。この狭い空間で女性が入るのはハードルが高いか。

 翌朝の早朝。千代田屋の対岸の川沿いを歩いているとまた湯小屋らしきものを発見。ブロック造りにトタン屋根、痺れる外観に背骨が砕けそうだ。こちらも当然入浴は禁じられている。同じく混浴だ。


 川沿いから少し離れ、今度は裏山へと登って行く。
千代田屋から徒歩で10分ほど、通り沿いの石垣の上にポツンと三角屋根の小屋があった。部室の様なコンクリ壁に青トタン。小屋の横には貯水タンク、間違いなく共同浴場だ。

 戸が二つあり、こちらは男女別の模様。
恐らく誰もいないだろうが、どちらが男湯かも全く掲示がない。万が一戸を開けて女性がいたらお縄になってしまう。

 横川地区にある温泉マニア垂涎物の3つのジモ泉。正攻法でこの湯に入るのならば、管理者である横川区長に交渉するか、あるいはこの街に移住し納税するか。

 まあ、夢は夢のままにしておこう。

                           令和4年3月6日

千代田旅館の手前の瓦屋根 「ジモ泉①」
100年以上前の写真 右手前に共同浴場が
入浴禁止 ノーダイブ
「ジモ泉②」 こちらもジモ感がハンパないぞ
天国への階段
なっ、なんだこのジモ感は!!
「ジモ泉③」 部室にしか見えない
こちらは男女別 どちらが男女かも分からず

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