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難病営業マンの温泉治療㊲【減りゆく名湯達】

<前回はこちら>

 横向温泉「中の湯旅館」の湯から上がり、暫し休憩。館内には小さい待合所の様な場所があった。畳に座っていると、隣にある椅子に50代くらいのおじさんが腰を掛けた。浴場での基本の挨拶。「どちらからですか?」

 福島が地元だというこの男性。少し話すと県内の温泉にはかなり明るいようだ。いつものように温泉談義が始まった。5分経った頃だった。


男性 「そういえば 私の好きだった浴場が閉館してしまいました」
私  「どこの辺りですか」
男性 「白河と須賀川の間の~」
私  「まっ まさか新菊島温泉ですか??」
   「そんなバカな・・・私が最後に行ったのは半年前」
男性 「僕が行ったのは2週間前です。
    閉館のお知らせの張り紙がありました」

 ・・・また、珠玉の一湯がなくなった。これで何度目だ。経営難、後継者不足、施設老朽化などを理由に、次々となくなりゆく名湯達。新菊島温泉には何度もリウマチ体質を救われてきた。
 Ph8.4の弱アルカリの褐色源泉はモール泉の様に茶色身がかっており、その美色と泡付きの温湯(30度台後半)が恋しくなり、背中の痛みが酷くなると度々ここでお世話になった。入浴料300円という安さも良泉の証。

 泉質もさることながらここで刮目すべきはその湧出量。内湯しかない浴場だったが、潜望鏡型の湯口から放射線状に噴出するその源泉、その湯量毎分1,100ℓ。旅館街が並ぶ中規模の温泉街に匹敵する湯量。
 当然加温加水濾過循環なし、源泉かけ流しだ。泡が付くのは湯の鮮度が良いからに他ならない。ここに来ると必ず1時間以上は入りっぱなしだった。

 そのとてつもない湯量は排水溝では到底処理できず、タイルがプールになってしまうほどの凄まじさ。歴代ダイブしてきた浴場でも5本に入る屈指のドバドバ系源泉だった。
 
 だが閉館の予兆は感じられていたのも事実。鉄道でのアクセスはまず不可。コンクリート壁に垂れ下がるつるは年々パワーアップし、館内の蜘蛛の巣も相当なものだった。
 
 ラストダイブは会社の同僚3名と。福島旅行の行程に私が入れ込んだ湯。まさかあれが、最後になるとはーーー


私  「そうですか、残念ですね。あんなに素晴らしい湯が、、」
男性 「あっ、あとあそこもなくなっちゃいましたよ、南会津の~」
私  「まっっ まさか」 「木賊温泉???」
男性 「そうです こちらも1ヵ月前に行って入れなかったです」
私  「・・・(開いた口が塞がらない)」

 新菊島閉館の情報を受けてから僅か5分での追撃。ついに「木賊温泉 岩風呂」までも(※現在は復旧した模様令和3年10月頃)。。。

 一番好きな温泉はどこですか?
今まで何百回と聞かれてきたこの質問。頭に浮かぶいくつかの浴場。その中に必ず入っていた木賊温泉。南会津でも日光寄り、周囲に目立った観光地などない。その温湯を求めて、全国の温泉ファンはここへと訪れた。

 通り沿いの駐車場に車を停め、募金箱スタイルで200円を投金。渓流西根川の縁を目指して階段を降りること数分。小さい湯小屋が見え始める。簡素な脱衣所があり、岩を抉り抜いたような湯船が2つ。湯の投入口はない、ここは極上の足元湧出泉だった。

 フレッシュな弱アルカリ性の温湯は、一度入れば最後、2時間3時間と出れない超良質泉だった。だがそのロケーション故、度々災害に見舞われる。
 台風や鉄砲水が来る度にその湯小屋が流され、それでも不死鳥の様に地元有志と全国のファンからの支援により復活を繰り返した。
 
 巨大台風の天気予報が流れるたびに、自分の身の次に岩風呂を案じた。
”頼む、頑張って耐えてくれ” 思いも虚しく、一昨年前の台風19号で湯小屋はまた流されてしまった。更に弱り目に祟り目、その後土砂災害に巻き込まれ、遂に浴槽が埋もれてしまい、そのアプローチの道も崩れてしまった。


 昨年夏、復活の噂を聞き立ち寄り。かつての面影には少し陰りが見えたように感じた。突貫工事で営業再開をしたため、まだ湯小屋の再築には至っておらず、天井も小屋もない超ワイルド系露天へと様変わりしていた。
 ダイブして気になったのは湯底の藻。かなりヌルヌル感がある。雨風をダイレクトに受ける浴槽。木屑なども気になり、以前のフレッシュ感が感じられない。
 

 もう以前の岩風呂は戻ってこないのだろうか、更に心配なことにもう一つ共同浴場「広瀬の湯」も4月末に営業終了したそうだ。南会津町の公式サイトには、割と信憑性の高い営業状況が確認できる。復活を信じ、今後も見守ろう。

 眠った我が子を起こさぬ様、そっと、静かに。


私   「ショックです、、言葉が出ません」
男性  「でも、あの源泉達はどうなってるんですかね」
私   「もしあのままドバドバ出続けていたら」
男性  「誰かが買い取ってくれれば」
私   「待ちましょう では、私は行きます」

 僅か15分間の出来事だった。


湯巡りをしていると同浴のおじさんにこんなことを言われることがある。
 「若いのに珍しい趣味だね 歳取ってからでも湯巡りはできるぞ」

次からはこう答えよう。
 「私がジジイになった時 この源泉はありますか??」


                          令和3年6月5日

<次回はこちら>


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