追想 那須板室の旅①【温泉ワーケーションの原点】
埼玉の自宅から高速を使えば2時間。那須湯本と塩原温泉郷の中間ほどに位置する板室温泉は、予てから湯治でよく訪れていた。
「下野の薬湯」とも呼ばれる本地。その歴史は古く、開湯は1,000年前に遡る。20本以上ある源泉はどれもアルカリ性で湯触りが良く、泉温40度程度で長湯で効かせる。
同県鬼怒川や日光湯元のように大型開発された形跡はなく、極めて静謐な環境だ。湯治の効果は白眉のもので、宿痾の全身痛もこちらへ来て3日もするとかなり治まる。
今考えると、初めてワーケーションらしきことをしたのも板室だったかもしれない。数年前、まだあの頃は線維筋痛症と断定されておらず、職場の上司に病症を訴え暇乞い。週末と有給を接続し数日間の滞在をした。
いつも、行程は一緒だった。
那須へ発つ日は朝が早い。渋滞回避の意味もあるが本懐はそこにはなく。川口方面から東北道を北上する道中、埼玉との県境に位置する佐野を通過する。200店が軒を連ねるご当地ラーメンで知られる街だ。
どうせなら、旨い店で。
スマホで簡単に名店を探すことは出来るが、哀しいことに私のガラクタのような身体では行列店に並ぶことができない。痛みが全身に走り、立っていられないのだ。
そんな体に優しいのが、佐野駅前にある「松葉食堂」。
メインストリート沿いだが昭和感漂うノスタルジック食堂。何とこの店朝7時から開店している。一通りの定食メニューを揃えており、何れも安価。550円で本格派の佐野ラーメンをいただけるのだ。
朝7時台から定食屋に並ぶ者はいない、必ず客は私一人。
戸を開けるとご夫婦が客席に座っている、結構なお年を召されているようだ。注文をすると二人で厨房に入って行き、10分待つと着丼。
淡麗系のスープだが割と味がしっかりしており、ラー油や生姜も効いている。佐野を象徴する平打ち麺は腹持ちも良く、コスパはかなり良い。
高い金を払い行列に並べば、もっとうまい店も見つかるだろう。
だが私はこの場末感漂う店に卓抜なバリューを感じ、節約のためにもいつも下道でトコトコ松葉食堂に向かって行く。
佐野から北東へ、次の目的地は栃木県の中央に位置するさくら市。
湯巡りの基本は「濃」から「淡」。入植する板室、無色透明の湯を前に荒療治の如くまずは激湯を効かせる。10時にオープンするのは、日本三大美人の湯にも数えられる「喜連川 早乙女温泉」。
平野部から小高い丘を登り、林に中忽然と現れる日帰り施設。
駐車場に車を停め、運転席を降りた瞬間強烈な硫黄臭が鼻腔を襲う。腐卵臭というよりゴムタイヤが焦げた匂いだ。
受付はどこにでもある日帰り施設と変わらないが、浴室は少々変わっている。まだ開業30年ほどしか経っていないはずだが、天井はトタン屋根に藁が被せてあり、朽ち果てた梁に外壁、ガラスも破損しており吹き抜けとなっている。
簡易的な浴室には理由があり、湯の成分が強すぎて機械や施設もすぐに壊してしまうのだとか。綺麗に造り変えないのは「柳に風」の妥結のようだ。
こちらは湯の色が時間によって変わるそう。私が入る時間帯はいつも白濁した薄緑。湯口に繊維質の様な湯の花が付着しており、手で擦るとすぐに取れる。
源泉は73度を加水して適温にしているが、それでも尚ガツンと来るヘビー級のパンチ力。10分も入ればグッタリとしてしまうが、入場料もそこそこするので(1,100円)ついつい長居。
洗い場のベンチや、お休み処で休憩を挟み2時間程の滞在。結構な体力を消耗するが、那須旅の際には必湯。
関東一帯はかなりの数温泉地を回ったが、平野部でこれほど個性的な源泉はなかなか見つからない。未湯であれば一度は入る価値はあるだろう。
ラーメンにより補給した塩分を全て流し、再びアクセルを踏み今度は北西へジリジリ上がっていく。那須塩原駅から板室街道を進み、やがて林道へ。緩い坂を下り関東随一の清流「那珂川」を越えると板室温泉街に。
この温泉街も多分に漏れず少々廃れ気味。
「やしお」という蕎麦屋が一軒あるのみで、飲食店や商店は全て閉業してしまっている。だが建物が低層のため鬼怒川の様な廃墟感はない。
近年宿のコンセプトも二極化されており、一日三組限定の「湯宿きくや」、現代建築の宿「ONSENRYOKAN 山喜」、保養とアートの宿「大黒屋」は高級志向(山喜だけは立ち寄りで入ったことがある)。
リーズナブルで湯治場の雰囲気を残すのは、有形文化財登録の宿「加登屋旅館」と「山本荘(休業中との噂)」。長期滞在可能で、一人泊2食付きで1万を切る。
そんな中、私が投宿するのは「あったか~い宿 勝風館」。
湯・食・人、三方良しの素晴らしい宿だ。数年前、阿鼻叫喚の激痛地獄で出社もままならず、ノートPCを持ち込み遠隔勤務をした。
②へとつづく
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