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追想 那須板室の旅②【効く温泉 勝風館の湯】

<前回はこちら>

 まだワーケーションという言葉が浸透していなかった頃。
私は以前から「勝風館」に何度か来ており、Wi-Fiの強さも確認していた。

 会社の椅子に座っているのも辛く、かと言って家で休んだところで治る病ではない(むしろ悪化する)。10年以上戦ってきた原因不明の激痛。総合内科を軸に、整形や神経、リウマチ科などを転々とするも、さしたる原因は見つからなかった。

 そんな折、有給を使って連泊したこちらの宿。
窮余の一策として思いついたのが温泉での仕事だった。社内システムなどは勿論使えない環境だったが、終わらない資料作成などを温泉治療の合間に行った。

 
 勝風館は家族経営の小さい宿で、建物の一階部分が居住スペースとなっている。豪華な装飾はなく、到着すると帰趣を感じホッとする。案内されるのはいつも2階の6畳間。清掃が行き届いており、窓からは遠くに山が見える。

 前訪の際。テレワークをしていると女将さんに伝えると、折り畳み式の椅子とテーブルを貸してくれた。胡坐でのPC作業は背中や腰に結構な負担が来る。「華奢で申し訳ないね」と言い残し、部屋の外に立てかけてくれた。

 このような嬉しい気遣いはずっと忘れることなく、旅の良き思い出と共に心底に刻まれる。体調を見ながら業務を行い、痛みが出ると源泉に入る。痼疾があるとは言え、考えれば恵まれている。

 
 トイレはウォシュレット付き、廊下にある洗面台と冷蔵庫は共用の湯治場スタイル。自炊が出来ればベストなのだが、栃木県内はかつて温泉宿で大規模火災が相次ぎ、消防法の規制により旅籠には炊事場が設けられないそうだ。


 お風呂も2階にあり、部屋から数秒歩けば脱衣所へ。
浴室へと入ると上品な石膏臭が湯けむりと共に身体を包み込む。湯船は手前(小)と奥(大)に区切られ、湯口から放たれた源泉は縁に当たり二股に分かれる。化粧水のような源泉はキラキラと光沢を纏う。

 板室温泉の湯は無色透明。如何にもという色付を好む方には少し物足りなさを感じるかもしれない。だが外柔内剛のこの源泉、温い上にさら湯の見た目とは裏腹に、内側からじわじわと効いてくるから不思議だ。


 毎分湧出量は88ℓ。一度に入れるのは5人程の小さい浴槽なので、配湯量は十分と言える。他の施設にも分湯しているようだが、ほとんどは本館で全て使うとご主人。

 かつてはアルカリ性単純温泉(成分が一定に達していない温泉)だったが、近年成分表を取り直したところ「ナトリウム・カルシウムー硫酸塩泉」に変わったという。出典が古いものは単純温泉とあるかもしれないが、現在は間違いなく「硫酸塩泉」が正しい。度重なる震災の影響で、温度も上がり成分も濃くなったそうだ。
 
 浴槽の造りにも一工夫。シンプルなタイル造りの湯船、配湯量の割にオーバーフローが見られない。何でも浴槽の湯底から一定量の湯が抜かれており、常に新湯と入れ替わるよう調整しているのだとか。湯がフレッシュなのも頷ける。
 
 一度に入る時間は40分程度。最初は怠さや疲れ、痛みが出るが徐々に回復に転じる。3日もすればハッキリと出発前との差が現れる。

 そう言えば、以前宿泊した際のエピソード。
洗面台で毎日数回顔を合わせる70代くらいのマダム。「ここの湯が一番効く」と仰せ。訥々とその効用を語る中で、驚くべき話を聞いた。
 
 湯治の効果が出始めるには数日間を要する、それは私の経験測からも同様。だがこの方の口振りは、1~2日目は「捨て石」に使うという風だった。温泉療養の際に起きる好転反応(※一時的に体調が悪化する現象)。敢えて初日に長湯をして痛みを全て出し切り、予想外にキツくなってしまった際は鎮痛剤を服用するのだという。

 アスリートの如く自らをギリギリまで追い込み超回復を狙う。長逗留ができるからこその余裕、泰然自若としたその心構えに思わず驚嘆してしまった。

 勝風館は家庭的な食事も魅力の一つ。
湯治をするのにも金がかかる。私は現在遠隔地勤務が認められているため、年間でかなりの日数を温泉地で過ごす。だが毎回旅館の2食付ではすぐにおけらになってしまう。基本的には格安宿に泊まり、自炊をするか近くで弁当を買う。

 問題は予算だけではなく、旅館の料理というのは毎日食べるようには想定されていない。天ぷらに刺身に煮物、陶板焼きにスイーツまで、、あんなハイカロリーなものを常食としていたら、却って身体を壊してしまうだろう。

 湯治客のためのメニューを家族で考え、連泊客を飽きさせないよう毎日変わる料理もまた素晴らしい。

                             ③へつづく

勝風館の内湯 奥の湯は定時で超音波が流れる
源泉が二方向に分かれ湯船を満たす
静かで良いところだ
向かい側は有形文化財「加登屋旅館」

<つづきはこちら>

<こちらの記事でも紹介>

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