桜色キャンディのおまじない

「どこまでできるか分からないけれど、
私はひとまず『今日一日』を
頑張ってみようって思ってるの。
『今日一日』だけでいいから、
しっかり乗り越えようって。

私も昔は、先のことが常に頭にあって
こうなっていなくちゃ、と思っていたんだけど
それがすごく
負担になっているって気づいてね。
もっとラクに考えようって思って。

朝にね、好きなお菓子をひとつ食べるのよ。
よし、これで今日一日頑張れる！って
思いながら。
自分におまじないをかけるつもりでね。
そうやってなんとか続けてきて、、
おかげでもうこんな年になっちゃったわ。」

この職場で、ながく働き続けてきた上司は
来年で、定年退職が決まっています。
いつもやわらかい雰囲気で、
微笑むと三日月になる目が印象的な女性。
周囲からの信頼が厚いのは
そういったお人柄も加わってのことと思います。
帰りの更衣室で
思い切って、仕事への
不安な胸のうちを話すと
親身に相談に乗ってくださいました。

「新しい環境に飛び込んだ今が
いちばん不安になる時期よね。
あなたなら大丈夫。
どうか、気を楽にね」


そう言うと上司は
私の手を取り、
手のひらに
透明なセロハンに包まれた
桜色のキャンディを
載せてくれました。



＊

茜空の帰り道をゆきながら
ポケットから
貰ったキャンディを取り出しました。
食べてみるとそれは
馴染みのあるいちご味で
懐かしく、ほっとする味がしました。



今日も一日、よくがんばった。
もう一日、がんばってみよう。



ひと粒の、甘酸っぱいキャンディは
私に、桜色の勇気をくれました。

＊