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音に とろけて 午後八時


スラリと華奢なグラスに
苺やベリー、葡萄の冷凍と
手頃なスパークリングワイン。
夏にひときわうれしい即席のサングリアです。

フルーツの隙間を縫うように
浮き上がる気泡は
しゅわしゅわシャワシャワと
水面でちいさな音をはじけさせ、
そこから微かに、
甘酸っぱい香りを放っています。



先日引越しを終えてからというもの、
知らない土地に対する不安と
進まない片付けに疲れで、
気の塞ぐ日々が続いていました。

自分だけがぽつんとひとり
そこに取り残されているような心細さで
胸がいっぱいになることも
しばしばです。


気分転換にと、今日は片付けの手を止め
冷えたグラスを手にベランダへ出ました。
このところすっかり日脚が伸び、
ゆうさりの街には
まだ薄明かりがただよっています。

グラスの中は
苺やベリーの色が
琥珀色だったワインに溶けて
今日の空とお揃いの、青みがかった珊瑚色。
可愛い、可愛い色です。

ひと口飲むと
ヒンヤリした美味しさがすーっと喉を通り、
夏の風の熱さを
束の間忘れさせてくれます。



携帯のプレイリストから
お気に入りの映画のサウンドトラックを選んで、
耳元でそっと流してみました。

歌詞のない音楽は
気忙きぜわしいときにも、心地いいものです。
外の空気の中で聞くそのメロディに
耳を預けていると
自然と、気持ちが和んで
強ばっていた肩が穏やかに緩んでゆきます。


辺りを見ると、家々の窓に
オレンジ色の光が灯りはじめました。
遠くの方までつづく、星みたいな光。
この街に住む人たちの
それぞれの暮らしの息づかいが
聞こえてくるようです。

どんな場所であったって、
暮らしを守るため一人ひとりが
今日をひたむきに生きている。
誰だって、
悩み、悲しみ、迷い、
それでも互いに
手を取り合って生きている。

目の前に広がる風景が
そんなことを思い出させてくれました。




心が窮屈になっている時こそ、
暮らしに明るさを灯す工夫を
忘れないように。
それが例えマッチみたいに
小さな明かりであったとしても。

音を楽しむささやかな夏の夜は
不安がいっぱいに詰まった私の胸を
やさしく撫でてくれるような、
そんなひとときでした。



夕暮れの台所でひとり手を動かしていると、
しみじみとした、
なんとも形容しがたい思いが
胸に押し寄せてくる。

あなたにも、そんなことがあるでしょうか。

いろいろある毎日だけれども、
今日もよく働いて、
何とか乗り切れたじゃないか、という
安堵の気持ち。
これから先、この暮らしは
どうなるのだろうという
不安。
何はともあれ、こうしてごはんをつくり、
自分と家族を養っている、
その小さな誇らしさと喜び。
いまの私たちは、一つひとつの家庭が惑星に似て
広大な宇宙にぱらぱらと
散らばっているかのような寂しさ。

けれども、
想像しよう、忘れないでいよう、信じよう。
私たちは決してひとりでは生きられず、
つながり合っていることを。
誰かと会って話をする、
それは確かな温もりであると。
いつかは必ず、この経験を深いところで
分かち合えるのだと。
暮らしの手帖



なんとなく開いた手帳。
ずっと前に書き留めておいた言葉が
思いがけず
今の私の背中を押してくれました。


***

【 私のプレイリスト 】
・重ねる時間、残り時間(余命十年)
・重なる四季(余命十年)
・かたわれ時(君の名は。)
・三葉のテーマ(君の名は。)
・扉の向こう(君の膵臓をたべたい)
・君の膵臓をたべたいepilogue(君の膵臓をたべたい)

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