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夕陽の部屋と秋映りんご

リビングの扉を開けると
部屋に、西日が差していました。



斜めの日差しが、
波打つレースカーテンの縦縞を通過して
ソファに、床に、光を投げています。

ワックスの効いた木目の床に
光が反射して、部屋全体が
明るい色をしています。


昼間、ついうたた寝をして
起きてみると
すっかり夕方になっていたのです。


やさしく揉みほぐしたような
夕陽のぬくもり。
手のひらで受けるとそれは
ふっくらとあたたかく、
肌の上に心地よく広がります。


リンゴをひとつ、剥きました。
長野生まれの品種「秋映」は、
完熟すると
こっくりと濃い紅、
ダークな紅に染まるりんごです。
実がしまって、甘みが強いのが特徴で
皮付きのまま八つに切って
皿に出しました。

カシュッ。
齧ると、歯切れのよい音がして
空気に、果実の香りが広がります。
カシュッ。
瑞々しい林檎のしずくが
ポタりと指をつたいます。


秋の真ん中、夕暮れどき。

美しい季節の片隅に、私がどこか
切なさを感じてしまうのは、
小学生の時に亡くなった
父方の祖母との最後の記憶が
この季節に在るからかも知れません。



思い出す詩があります。

亡き人 

ある人が
亡くなる
ということは

その人の声を
聞けなくなる
ということだ
その人と 宴を
ともにできない
ということだ

その人と 街を
歩くことも
街で ふと
出会うことも
なくなる
ということだ

そして
その人を
以前よりも
近く
感じるようになる
ということだ


その人と
出会い直す
ということだ
美しいとき 若松英輔


人生って常に
前へ前へ、と進むことだけが
正しいことのように
思われています。

けれど、
無理をせず、強がらず、
心にふと浮かんだ過去の日のことを

あの時は、と
くり返しくり返し、懐かしむ時間も
人が生きていくときに
必要な時間だと思うのです。


おばあちゃんが好きだった、秋。

外へ出て、
ゆっくりゆっくり散歩して
すこし遠回りをして
帰ってこようと思います。


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