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ぼくらは想像もつかなかった世界にいる

1号報告書を書き始めている。

ぼくたち青年海外協力隊は2年間で計5回、JICAに報告書を書く。その1回目、赴任後3か月経ったころに提出するものを書いてる。

この3か月は現状の把握と先方のニーズと方向性の擦り合わせを行う時期、となっている。

派遣前訓練中、先輩隊員がよく現地に行くと要請内容と違うことなんてよくあることだから、思い通りになんて行かないからなんていう話を蕁麻疹できるくらい聞かされた。

傲慢で尊大なぼくはそういうことは頭お花畑な新卒にだけ言うてくれと訓練中束の間の反抗期を気取っていた。あらゆることに柔軟に対応できないといけないのはどこの世界でも同じで、あらゆる可能性を想定するのはビジネスマンには常識なのだ。

如何に華麗にサボるかしか考えていないぼくでさえ、あらゆるケースを想定した。

概ね、想定内だったけれど想定外というか想像もつかなかったことというのがいくつかあった。悔しいけどね。

電気を獲得することから始まった!

まず驚いたのは職場に電気がないことだった。ぼくは視覚障害者協会に派遣されている。協会と名がつくのだからオフィスがあって、健常者のスタッフが中心にいろいろサポートする体制なんだろうと思った。

実際、協会の会長(スタンリー)は全盲だけれど、ぼくのカウンターパートである副会長ジョセフが健常者で実質実務のすべてを担っていると言われていた。

ところが、実際は良いように言えば自立を促すようになんでも障害者自身でやっていた。ジョセフは本業のオリンピック協会の仕事で各国を飛び回っていて多忙でほぼ顔を出せない。顔の広いジョセフの影響力の名義貸しとしての副会長のポジションというのが実際のところなのかもしれない。

とにかく、ぼくが想像していたオフィスでカウンターパートと仕事というのとは違っていた。でもそれは些細なこと。

オフィスには健常者が1人、会長の秘書(ファビーナ)だけ。そして、彼女は小切手の回収や請求書の発行という事務作業がない限り来ない。

協会に事務作業が発生するのはそれほど多くない。ぼくが赴任する前は必要なときにしか来なかった(当たり前と言えばそうだけれど)。

一応、今はぼくのサポート役を少し引き受けてくれているのでほぼ毎日来てる。やることはほぼないけれど。

それで、ぼくがびっくりしたのはぼくが来た当初、電気が通ってなかった。コンセントは使えるけれど、照明がなかった。

考えてみれば、全盲の人ばかりなんだから照明があろうがなかろうが彼らの世界は暗闇だから同じだから必要ないのは当たり前なんだけれど、ぼくにとっては盲点。オフィスの家賃と電気代を払ってもらってるライオンズクラブにお願いしないといけなかった。

今のところ、電気代分の働きはできていない。

物事がとにかく進まない…

インセンティブ設計以前の問題で、ほんとに進まない。オフィスには照明がないところから始まったのと同様、要請書にはWi-Fi付きとあったけれど実際はなかった。どうみても必要ないのは明らかだったけれど。

そんなわけでぼくはWi-Fiが視覚障害者協会にセットされるまでの間、オリンピック協会のオフィスで視覚障害者協会のウェブサイトを作ったりイベント企画の情報を集めたりしていた。どういう事情かは知らないけれど1カ月も待った。

誰かにちょっとした仕事をお願いしても、なかなか成果物が来ない。催促してもこない。進捗を聞いても、もう少しというだけ。しまいには避けられるようになる。これはN数が1というわけではなくて台湾人もみんな言ってることだからどこも同じなんだと思う。だって、ちょっと相談したいことがあるんだけど…って5分程度のミーティングでさえ明日とか来週に先延ばしにされるんだぜ?信じられるか?

これ、彼らの働き方というか意識に違いがあるのかもしれない。

例えば、ぼくらは日本では、1時間刻みのスケジュールでアポや仕事をこなす。いかに効率的に云々…というのが頭の片隅にある。

けれど、ここの人たちは予定は1日に1つとでも決まっているような気がしないでもない。今日これをやったら終わり、以上。みたいな。

思ったより早く終わったから、ついでに…とは買い物でもない限りあり得ない。もちろんぼくのカウンターパートというかボスのジョセフのように先進国のリズムで仕事して多忙を極める人もいるけれど数は少ない。

圧倒的に1日に予定は1つ派、ないしは午前1つ午後1つが多数派な気がする。

それが良いかどうかはともかく、物事は進まない。

トップが物事を良い方向に変えたいと思っていても末端の実際に手を動かす人たちがこれではちょっとしんどい。

テクノロジーの恩恵を受けていない

金融包摂と言って、必要な人な場所に必要なだけお金が届くような仕組みをつくりましょうという取り組みがある。これは流行りのクラウドファンディングも含まれる。

ぼくはこれをちょっと利用して、毎月定額で支援者を募ろうとしていたのだけど、途上国ではそういう会社のサービスが提供されていないから利用できないという想定外の事態に陥った。

できないことはないけれど、それを行うには先進国に法人をつくらないといけない。それだけで年間10万円くらいかかってしまう。これは現実的ではない。

現状、国際送金に頼るしかないけれど、これ煩雑な手続きに加え手数料が数千円かかってしまう。ハードルがめちゃくちゃ高い。

ブロックチェーンの実装が待たれるところだけれど、それにしたって途上国がサポートされるかどうかはわからない。

インターネットで世界がつながったと思っていたけれど、つながったのは上っ面の情報だけだったんだなと結構ショックだった。

まとめ

「次来るまでに課題を紙に書いてリストアップしといて」と言って別れて、その半年後に訪ねたら「紙がなかったから書けなかった」という回答がきて怒るべきか悲しむべきか悩んだ、という話を昔聞いたことがあるけれど、いまのぼくもそんな感じ。

日本で当たり前に思っていたり、このくらいはあるだろう、できるだろうということはもちろんないけれど、それ以前の前提とするところがすっぽり抜けていたりする。

タイトルが想像もできなかった、とあるから派手さを求めてた人にはアレだけれど、こういう地味なところが実際上障害になってくる。

お願いしたことは大抵なんでもやってくれてた東京のサラリーマン時代が懐かしい。

ぼくは書類づくりも営業トークもヘタクソだという自覚があったけれど、それでもそれなりの成果を残せていたのは社内外含めて周りの人の力というのが想像以上に大きかったんだなぁとひしひしと感じている。

そして、国際協力とは総合格闘技だと誰かが言っていたけれど言い得て妙だと思う。マニュアルがないし、あってもその通りに進むと思えない。人によって課題に対する解が違ってくる。絶対。

ぼくは人見知りでコミュニケーション下手だし、書類づくりは苦手だし、営業トークもてんでだめだし、クリエイティビティも行動力もないしで、ぼくほんとにポンコツやなぁと引きこもりそうになっている。

若手なら勢いでなんとかするところもぼくは妙に冷めているのでそういうこともできない。

これは、早々にぼくの代わりにあれこれ事実上実務的に動いてくれる協力者を見つけて取り込まないといけない。でないと、全部ぼく1人でこなさないといけない。それはいくらなんでも無理な相談だ。

協力者をつくること…。

それができるかどうかがこれからの協力活動を左右しそうな予感。

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