カリブで3Dのライオンキングが観れるなんて
カーニバルが終わるとイベントはほんとに何もなくなる。
ほんとに、盆と正月いっしょに来たようなてんてこ舞いの忙しさだったわけだ。
平和でゆったりした日常と言えば聞こえは良いけれど、東京で娯楽にどっぷり浸かって生きてきたぼくのような人間にとっては退屈で退屈で干からびそうになる。
そんなわけで、この国に来て半年、ようやくセントビンセント唯一の映画館に行ってきた。
昔は2館あったそうだが、1つは残念ながらなくなってしまったらしい。
かつて、いまのシニア世代が青春を謳歌していたころ、それらの映画館では安く仕入れることができた中国映画(おそらく香港映画)を頻繁に放映していたようで、その影響もあって我々アジア人は総じて、チャイニーマン!と呼ばれるに至ったという説もあるらしい。先日のサーカスは「ジェットリーだ!」という歓声がよく聞こえていた。ジェットリーということはそう遠くない昔の話だ。せいぜい15年くらい前の話ではないかと思う。
とにかく、この国の数少ない娯楽施設に足を運んだ。
セントルシアで研修していたころ、「セントビンセントには映画館がないからね、ふふふ」と小ばかにされていたものだけど、小さい単館系の映画館があるのだ。
上映されるものも、アベンジャーズや、アラジンやポケモンと、最新のものを上映している。(だいたい2週間くらいで上映が終わってしまうのが玉に瑕だが…)
英語で放映だからたぶん日本より早く観ることができている…はず。
それで、今回はタイトルの通りライオンキングを観に行ってきた。
3Dのやつね、当然。
実はぼく日本でも3Dの映画って観たことなくってどんなもんなんだろうって思っていたんだけど、いやぁまあ…うん…。
立体的と言えば、立体的だったけれど、たしかに3Dだったけれど、飛び出す絵本みたいな感じで、USJなんかの3Dアトラクションのそれとは全然違った。
日本で観ても所詮そんなもんなのかもしれない。
けど、違うということを前提に言わせてもらうと、スクリーンが日本の映画館の4分の1くらいの大きさ。小さい。まじで。音響もパーティーなら爆音のくせに、なぜか控えめで、ド迫力~!!とはほど遠い。
だからまあ正味2.5Dくらいだったのだけど、でも価格が800円くらいということを考えれば全然ありかなと思う。
いつもだいたい字幕がないと何言ってるかわからないんだけど、ライオンキングってお子様向けの映画だからか、簡単な英語でだいたい聞き取れたから十分たのしむことができた。
ライオンキングってみんなが知ってるライオンキングで実写版だったわけだけど、技術が発達して限りなくリアルに近い表現ができるようになったからのことなんだろうけど、なんでもかんでもリアルに表現するのはいかがなものかと思ってしまった。
ぼく、アニメーションだと、アニメーションでは表現できないところ、難しいところっていうのがあると思うんだけれど、アニメにはできるけど、静止画のマンガにはできない/難しい動きの表現みたいな、それが今の技術で表現できるっていうのは単純に良いことだとは思うけれど、なんというか、それって余白がなくなっていくんじゃないかとちょっと思ってしまった。
余白って読み手や鑑賞者の想像力に解釈が委ねられるところだとぼくは思っていて、例えば、小説やエッセイではわざわざ書かない一文とかあるじゃない。たぶん○○したんだろうな、と思わせてくれるような。
余白って読み手の側で解釈させる想像させることで、読み手の想像力を育む役割もあるんじゃないかなぁと思う。だから、なんというか頭使わなくていいから楽でいいけど、それってちょっとバカになっていくことにならない?っていう恐さがある。
もちろん、新しい技術だからこそできる表現というのはいくつもあるだろうし、そこから生まれる新しい余白もあるのだろうけれど。この考え方が老害の始まりなのかもしれないけれど。杞憂なのかもしれないけれど。ちょっと素直になんでもかんでもリアルにリメイクしていくのは喜べない自分がいる。
さて、それで内容はともかく、ぼく今回で海外で映画を観るのは3か国目。
インドでヒンディーのボリウッドを観て、フィリピンでスパイダーマンを観て以来。
インドは(少なくとも当時は)1時間くらい経ったら上映中に10分間のトイレ休憩タイムがあって、スクリーンに向かって声援を送るし、盛り上がっておもしろかった。
フィリピンはわりと普通。日本と変わらないイメージだった。
セントビンセントは、結構うるさかった。普通にしゃべるし、セリフ暗記してる人がプンバより先に言っちゃったりして。音が大きいから、多少喋っててもあなた聞こえるでしょって価値観なんだろうなと思う。スマホをチェックする人も着信なる人もいるし。自由。
日本でポップコーン食べる音がうるさいだ、上映中にスマホチェックするなだ言う人がここにきたら発狂して死んでしまうかもしれない。
上映後の館内は、ポップコーンが飛び散りまくり、ゴミもそのままで、めちゃくちゃ汚かった。ゴミ箱が入り口にあるのに、きちんとゴミ箱に入れてる人は少なかった。
このあたりもぼくたちとは考え方がずいぶん違うなぁと思うところだ。
たぶん、彼らとしてはどうせ掃除する人が館内を掃除するんだからいいじゃんという考え方なんだろうと思う。それはもう圧倒的に正しい。
だってそれがその人の仕事なんだから。
逆に、なんで日本人は、あとで掃除してくれる人がいるのにきちんとゴミ箱に捨てるんだろうな、捨てないと気持ち悪いんだろうな、来た時よりも美しくなんていう教典があるんだろうな。不思議だ。
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