地域の個人商店みたいなマンションを建てたい
私が生まれ育った東京の下町・荒川区には元気な個人商店が並んでいます。
地域に根を張り営まれてきた店構えは、もはやこの地から生えてきたような馴染みっぷり。新参者が一朝一夕で真似できるものではありません。そういうお店はどこかご店主のキャラクターが乗り移ったような雰囲気もあって、消えたら二度と生まれない存在。
これって、個人商店だけでなく、マンションなどの建物にも当てはまるんじゃないかと思います。
私は24歳の時に、家庭の事情もあって祖母から大家の仕事を継ぎました。祖母から継いだ物件の名前は、トダビューハイツ。当時築40年近くなった、エレベーターなし4階建ての無骨なマンション。だけど何十年も住んでくださってる住人さんたちが「ちょうどいい」と言ってくださる。
物件と向き合ううちに、なんだか荒川区にたくさんいる、肉屋、八百屋、町工場、何の仕事してるかわからないおじちゃん達と、トダビューハイツが重なって見えました。だから「おっちゃん物件」と名づけ、より一層愛でるようになりました。
きっとトダビューハイツは、祖父母がコツコツと大家をしてきて、住人さん達が丁寧に住んでくださってきたから、地域のおじちゃんたちと重なるような佇まいになったんじゃないかと思います。
そう思うと、最近どんどん建設されているあの建物たちは数十年後、荒川区に馴染んでいるのかな......と街を見るようになりました。
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そんなタイミングで、なんと自分で新築マンションを建てることと相成りました。
場所は、祖母が長年貸し出していた荒川区町屋の小さな土地。借主さんが退去し空き地となって手元に戻ってきました。売却したり業者さんにお任せするのが手っ取り早いけれど......
祖父母たちが紡いできた場所の活用方法は、自分にとっても町にとっても良いものにしたい。
どうせなら荒川区の個人商店やトダビューハイツのような、町に根っこから生育しているような物件を作りたい。
建築も住む人も、地域に馴染む住まいにしたい。
そう思って、新築マンションを建てることにしました。
土地と向き合う中で物件コンセプトを決める
でもそれって具体的にどんな物件?考えれば考えるほど、物件のコンセプトが思い浮かびません。
そこで試しにこの建設予定地を空き地のまま運用する実験をしました。空き地で荒川区の良さを知ってもらえるようなイベントを開催し、その中で物件コンセプトを決めようと思ったのです。
マルシェ、街歩き、トーク会etc...イベントには近隣だけでなく遠方から来てくだる方もいました。のんびり屋の私のペースで、のんびりと開催し続けましたが、それをあたたかく見守ってくださる方々と出会えました。
イベントを通して改めて、この町にはユニークで地域愛に溢れた方がたくさんいて、私はそんな人たちと友達になったことで、荒川区への愛着が増しているんだなと気がつきました。この「人」たちが町の魅力なんだろうなと思いました。気の合う人を知れば知るほど、町に住み続けたくなる。
そうして浮かんだコンセプトが『町に長く住みたくなる賃貸住宅』。
強制的ではなくゆるやかに、地域の人と知り合える場がある物件にしようと決めました。そのための仕組みとして屋上にシェア菜園、1階に喫茶店を設けることに。
シェア菜園をすることに決めたのは、黙々とひとり熱中してもいいし、利用者さん同士で会話が生まれやすくもある場になればいいなあと思ったから。
喫茶店は同じく荒川区で育った友人が開業を決めてくれました(初めてのテナント募集でドキドキで、しかも喫茶店が入ってくれたらなあと思っていたから、もう、決心してくれて本当に嬉しい)。
オーナーと談笑してもいいし、ひとりのんびり過ごしてもいいし。ひとり時間も交流時間も持てる場。その中で、この町や人への愛着が育まれたらすごく嬉しい、と思い決めました。
シェア菜園と喫茶店以外にも色々と考えたのですが、突飛な空間すぎず、住人さんの生活と荒川区という町に馴染むことを考えたら、この2つになりました。
空き地運用をした2年間が、私にとっての地鎮祭だった
このイベント期間後に無事、建設のフェーズに入り、地鎮祭をおこないました。
商店街の和菓子屋、酒屋、八百屋をめぐりお供物を買い集めるのはちょっとRPGのお使いクエストみたいで楽しかったです。和菓子屋さんで「地鎮祭にお供えする鏡餅を」とお願いすると、前日につきたてもちもちのお餅を用意してくれました。おめでとうございます、と豆大福をオマケしてくれたのも嬉しかったです。
暑い日だったけど、ご祈願が始まると爽やかな風が吹き、アゲハ蝶が飛んできました。結婚式以来のたくさんの「おめでとう」を皆さんからいただき、ああこれからいよいよやっと物件が建つんだ、と胸がいっぱいになりました。
ご祈願中手を合わせながら、地鎮祭は、関わってくださる人たちへの感謝と、土地との節目を持つ時間なんだなと思いました。
振り返れば空き地でイベントをし続けた2年間も、私にとっては地鎮祭のようなものでした。この節目の2年間があったから、物件を建てる決心ができた。一世一代のチャレンジ、何回もやっぱり辞めた方がいいのかなと思ったり、踏ん切りがつかなかったりしました。だけどイベントのたびに背中を押してもらえたり、協力してくれる人たちと出会えたりしました。人によっては無駄で遠回りと思われるだろうけど、私にとっては必要な時間だったなあと思います。
この土地で住まれていた方と近隣の方たちの思い出があるはずで、そこにいきなり土足で踏み込みたくない、という気持ちもありました。
「物件完成は楽しみだけど、空き地とお別れするのはちょっと寂しい」
と近隣の方からいただいた言葉が、遠回りな2年間を肯定していただけたようで沁みました。
町に馴染む物件にするために
さて肝心の物件についてです。根底に「荒川区の個人商店のような、祖父母が育てたトダビューハイツのような、町に馴染む物件にしたい」という思いがずっとあり、それは物件デザインにも反映されています。
設計も施工も、荒川区の企業にお願いしました。2年以上かけた建設の工程で何度も出た言葉は「ホッとするデザイン」。住人さんが帰ってきた時にホッとする。喫茶店や菜園に来た人がホッとする。
個性的な物件を建てよう!というよりも、土地に馴染む、愛着が湧くようなあたたかさを目指して、建築家さんと何度も打ち合わせしました。それが一周回って「町のひとつの個性」になるんじゃないかとも思いながら。
例えば外壁の色は、建築家さんと近隣の色を見比べながら決めました。町で使われている色を採取しながら街歩き。そこからうちの物件にも合う色を選びました。
また、物件の外見的特徴として「アーチ」を作りました。
1階の喫茶店入り口はアーチ型。
賃貸住居のお部屋にもアーチがあります。(お部屋かわいすぎて私が住みたいくらい)
これはご依頼した一級建築士事務所KAKINOKIさんが提案してくださったモチーフです。部屋の中に丸みのある壁があるとどこかやわらかく感じます。KAKINOKIさんは、今までこうした優しい雰囲気の建築を手掛けられてきていて、その実績にも惹かれて今回ご依頼した次第です。
アーチは一見、西洋風ですが、実は荒川区を歩いているとちょくちょくアーチ建築と遭遇するんです。
荒川区の昭和民家にも使われているアーチ。うちの物件も、令和版アーチ物件としてこの町に馴染んでいってほしいです。
1階のアーチの中は『喫茶ふくか』。喫茶店のオーナー(写真左)は、私のお友達。
今まで商店街の喫茶店で働いていた、生粋の荒川区っ子です。
気さくで明るい彼女がコーヒー淹れて(あと生ビールも!)お待ちしています。
1階は町に最も面した場所。素敵な店舗が入ったら嬉しいけど...と初めてのテナント募集にかなり不安だったのですが、同じ町で育った友達が開店を決めてくれて本当に嬉しいです。
計画当初から「帰宅した時にホッとする灯り」が欲しいと考えていました。荒川区の特徴でもある細い路地に建っているため、夜道の暗さが気になっていたからです。
とはいえギンギラに照らしすぎてもご近所迷惑。建築家さんが近隣の物件たちを実際に歩きながら調べ、程よい光量を保てる照明の位置と数を提案してくださいました。
1階エントランスにアームライトを、階段にミルクガラス照明を設置しています。
階段の足元と屋上にはマリンブラケットライト。実際の船舶で使われているので防水性と耐久性があるそう。
3種類ともレトロな風合いのものです。これも町に馴染めばと思って選びました。
ちなみに部屋の水回りに設置したライトは、荒川区のブランド『APROZ』さんのもの。地域で作られてる良いものに触れられる部屋になったらいいなと思って設置しました。ALABAMA/Bというデザインで、どんぐりみたいでかわいい見た目です。
物件名は「ロジハイツ」にしました。荒川区らしい路地裏にあること、祖母から継いだトダビューハイツから一部をとり、命名しました。
私が制作したロゴがこちら。おかえり、と覗いている鳥はハクセキレイ。物件近くの尾久の原公園で元気に(鳥のくせに飛ばずに)走り回っている野鳥です。好奇心旺盛でひょうきんな様子が下町の荒川区っぽいなと思い、ロゴのモチーフにしました。
このハクセキレイを、物件の階段などにちいさ〜く描こうと思っています。隠れミッキーみたいに、あれよく見たらいる...!程度のアクセントとして。ハクセキレイを見たらこの物件と町での日々を思い出す、みたいな存在になってくれたら良いなと思っています。
こんな感じで、3年近くかけて物件建設を進めてきましたが、いよいよ2022年2月完成...... !このピカピカの我が子が「土地から生えてきたような荒川区のレジェンド物件たち」に並ぶくらい馴染んでいくよう、育てていきます。
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