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水素社会入門 第2章 環境問題と水素社会

前回までの復習

イギリスの水素発見の歴史から200年たち、ようやくアメリカの宇宙産業で水素燃料電池が実用化されます。そして、石炭から石油へのエネルギー革命が起きたばかりの世界をオイルショックが襲い、自国内でのエネルギー生産量の割合(エネルギー自給率)を高めようと、日本は1974年に「サンシャイン計画」という新しいプロジェクトを打ち出します。サンシャイン計画では日本国内で生産できる、太陽光石炭風力地熱、そして、水素エネルギーなどに注目し研究開発が行われました。

ここまでが前回の復習。

とびchan.作 水素年表

①第3次産業革命

この1970年代には、オイルショックや石油のエネルギー革命に匹敵するだけの、大変革が実はもう一つ起こるんですよ。それは、コンピューターの誕生。この革命は、「第3次産業革命(第4次という人もいます)」という風に呼ばれています。1942年に誕生したコンピューターは、1975年パーソナルコンピューターという言葉が生まれて以降、段々と一般家庭にも普及していきました。時代の変革はまだまだ起こります。


1970年代に披露されたApple 1 出店:Wikipedia

さらにこの時代は、そんな技術と経済の急速発展を支えている裏で深刻な環境汚染が進んだ時代でもありました。日本でも水俣病(メチル水銀化合物による公害の一つ)など、国民の生活への影響が大きくなり、次第に環境汚染に対する問題意識が高まっていきました。

これら二つの時代の変革「コンピューターの発展」と、「環境問題に対する意識の高まり」によって、この時期に環境科学分野の研究が急速に発展し始めたそうなんです。また、アメリカとロシアは冷戦状態だったので、軍事利用できる科学分野への莫大な投資がそれをさらに推し進めました。(参考文献:「地球の温暖化」認識の変遷* その 1 :「気候変動認識の歴史」

②あらわになる地球温暖化問題

どんどんと気候に関する研究を進めていった人類は、アメリカの全米科学アカデミーという学術団体が1979年とある研究結果を報告します。

「21世紀半ばにCO2濃度は2倍になり、気温は3±1.5℃(1.5-4.5℃)上昇する」

(National Academy of Sciences 1979)
引用元:「地球の温暖化」認識の変遷*その 1 「気候変動認識の歴史」中陣隆夫 
地学教育と科学運動 87号(2021年11月)


この1.5度という値は凄まじくて、10年に1度だった台風が、4倍の頻度で起こり、2℃上昇すると南極の大半が崩壊してしまうというレベルなんだそうです。

この世界を揺るがす重大発表は、「チャーニー報告」という名前知られている有名な学術報告なんだそうです。実は、地球温暖化自体は1861年にジョン・ティンダルという方が、すでに提唱していました。ただ、それは学説の一つに過ぎなかったんです。だけれど、ここで状況が一変します。1970年だいに測定された膨大なデータから、水蒸気や二酸化炭素などの温室効果ガスにより気候変動が起こるという学説が学会の中で支持を得始めます。

気象庁HP 「温室効果とは」温室効果の模式図

補足:温室効果ガスというのは、太陽から降り注ぐ熱を地上に止める働きのあるガスのことをいいます。温室効果がなければ地球はめちゃくちゃ寒くなり住めなくなりますが、温室効果ガスがあり過ぎてもめちゃくちゃ暑くなって住めなくなります。

そして、極め付けは1985年のオーストリアで実施された「気候変動に関する科学的知見整理のための国際会議」通称フィラハ会議では

「21世紀半ばには人類が経験したほどのない規模で平均気温が上昇する」

用元:「地球の温暖化」認識の変遷*その 1 「気候変動認識の歴史」中陣隆夫
地学教育と科学運動 87号(2021年11月)

と発表されます。

一方その頃、世間はどうしていたかというと、まだ、ことの重大さに気づいていた人はほとんどいませんでした。地球温暖化という言葉も一般的ではなかったことでしょう。何なら、数年前までこれから氷河期が来るぞ!ということで地球が寒冷化すると思ってくらいですからね。

しかし、一気に地球温暖化を世に知らしめた大問題発言が飛び出します。
1988年6月23日、NASAの研究員のジェームズ・ハンセンという人が、

nippon.com 特別リポート:世界で最も影響力のある環境科学者1000人
ロイター誌にて「世界で最も影響力のある環境科学者1000人」に選ばれたJ.ハンセン氏

「最近の異常気象,とりわけ暑い気象が 地球温暖化と関係していることは99%の確率で正しい」

引用元:「地球の温暖化」認識の変遷*その 1 「気候変動認識の歴史」中陣隆夫地学教育と科学運動 87号(2021年11月)

と発言し、一大ニュースで取り上げられるようになります。このハンセンさんは後にイギリスのロイター誌で「世界で最も影響力のある環境科学者1000人」に選ばれるんですね。それほど大きな影響を社会に与えます。

③そして動き出す世界IPCCとCOP

ただし、この段階では地球温暖化は間違いないにしても、その原因が人間の活動によって引き起こされているものなのか、それとも地球の活動による変化なのかはまだわかっておらず、その真相を突き止めるべく、1988年には気候変動に関する政府間パネル(IPCC)いう政府間組織が発足。

1990年IPCC第1次成果報告書では次のような主張がなされます

人間活動に伴う排出によって、温室効果ガス(CO2、メタン、フロン、一酸化二窒素)の大気中の濃度は確実に増加(産業革命前と比べ、二酸化炭素換算で50%増加)しており、このため、地球上の温室効果が増大している。

引用:環境省 第1次評価報告書の概要

ちなみに最新版である2021年のIPCC第6次成果報告書では、温暖化の原因が人間の活動であることは疑う余地がないとまで言われています。

JCCCA 「1-08 これまでの報告書における表現の変化(IPCC報告書)」出典)IPCC第6次評価報告書

そこで世界は一致団結して地球温暖化解決に向かっていきます。

1992年「環境と開発に関する国連会議」通称「地球サミット」にて、今後COP「締約国会議(Conference of the Parties)」と呼ばれる会議を毎年開催し、気候変動を解決するためにそれぞれの国がどうしていくのか決めていきましょうという、気候変動枠組条約という条約が結ばれます。

そして、1997年、日本の京都で行われた第3回目のCOP3にて、先進国はしっかり数値目標を立てて、計画的に温室効果ガスの排出を抑えましょう、といった趣旨の「京都議定書」という国際的合意が採択されます。なんだか、夏休みの宿題みたいです。具体的には、二酸化炭素やメタン、一酸化炭素など6種類の温室効果ガスを、2008年から2012年までの間にEUで8%、アメリカで7%、日本で6%、先進国全体で5%の削減するとの目標を立てたんですね。

④再び注目を集める再生可能エネルギーと水素エネルギー

そこで再び注目されたのが太陽光や、風力、地熱などの再生可能エネルギーと、原子力、そして水素エネルギー。実はこの地球温暖化が騒がれている間にも、水素燃料電池は未来のエネルギーとして各国で開発されており次々と技術革新が起こっていたんです。

1980年、日本政府は通商産業省(現経済産業省)のプロジェクトである「サンシャイン計画」の研究母体として「新エネルギー総合開発機構(現在NEDO:(New Energy and Industrial Technology Development Organization)と呼ばれる組織)」を立ち上げ、水素燃料電池の技術開発を本格化し始めます。

諸外国も負けていません。1987年、カナダでは一般向けの小型水素燃料電池が開発され、1994年ドイツでは世界初の水素燃料電池自動車が開発されました。日本は一歩遅れて2002年にトヨタとホンダが燃料電池自動車を開発し、政府に納車、リースにより実証試験を行いうこととなります。

世界初の水素燃料電池自動車 メルセデス・ベンツ Mercedes-Benz Necar 1

ここで一点、注目したいのが、なぜ水素燃料電池が車へ応用されるのか。なぜ自動車産業なのか?というところです。みなさんはなぜだと思いますか?

それは、各産業が排出している二酸化炭素のうち、そのやく20%が運輸業によるものだからです。多様な人間活動の中で、いろいろな場面で二酸化炭素を排出する場面があるんですね。そのうち、発電などのエネルギー転換部門が全体の42%で最も二酸化炭素を出しています。ついで、鉄鋼業や化学工業などをまとめた産業部門が2位全体の27%。でもここまではあまり私生活に馴染みがないですよね。ただ、CMとかを見ると、鉄鋼業系や化学系の会社が水素社会をビジョンとして見据えた映像なんかを目にするかと思います。そして第3位が運輸業、さらにその運輸業の中で最も大きい割合が、自家用車の約1億トン。身近なもので最も二酸化炭素を出しているものは電気を除けば自家用車だということです。

そのため、自動車業界はこの地球温暖化と、エネルギー自給率の問題を無視することができないって訳なんですね。

エネルギー起源CO2排出量の部門別内訳
引用:経済産業省「温室効果ガス排出の現状等」

トヨタは1992年にEV開発部を設置して、電気自動車や、水素燃料電池自動車の開発を始めます。1996年には研究段階ではありますが、燃料電池自動車FCHV-1を開発しました。一方ホンダも1999年に実験車としてFCX-V1を製作、2002年にはトヨタがトヨタFCHV、ホンダがFCXとして、実用化できる水素燃料電池車を開発します。ちなみにFCVというのはFuel Cell Vehicle(燃料電池自動車)の略称です。

1996年 トヨタ FCEV-1

ようやく一般向けに実用化され始めた水素技術、そして、それを後押しするように訪れた地球温暖化のビッグウェーブ。ここから、一般販売向けのFCVやエネファームなど複数の水素燃料電池製品が国内で誕生し始めます。それではここからは先はまた第3章で。

第3章はこちら↓
https://note.com/tobichan_0507/n/n8e371f19bc21

第2.5章(番外編)はこちら↓
https://note.com/tobichan_0507/n/n61d49bbc7eff

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