鳥羽和久

子供たちと日々勉強。㈱寺子屋ネット福岡代表。著書に『親子の手帖』『おやときどきこども』…

鳥羽和久

子供たちと日々勉強。㈱寺子屋ネット福岡代表。著書に『親子の手帖』『おやときどきこども』『君は君の人生の主役になれ』『推しの文化論』など。子供や親を扱う文章は全てフィクションです。 最新情報→ https://tojinmachiterakoya.com/profile/

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    親子関係、学校問題などに関する論考をまとめました。

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    随想(エッセイ)記事をこちらにまとめました。

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    読書記録や書評などをまとめました。

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    BTS(防弾少年団)に関する論考をまとめました。

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他人への配慮より、「自己への配慮」

いまの世の中を覆っているのは「既に私も配慮してるんだから、あなたの方もこっちが不快にならないように配慮して」という新しいファシズムで、こういう趨勢で割りを食う人たちをマイノリティと呼びたい。事実は単に人の心が蔑ろにされているだけだが。(2022.7.28) 心が足りないから表向きの「配慮」で済まそうとする。すぐに擬制が剥がれて信頼関係がガタガタになる。これは、ある中学校の対応に感じたことだ。(2022.5.23) 執拗に他者への配慮を求め、常に相手が傷つかないようにしよう

    • 千葉雅也『意味がない無意味』について

      千葉雅也『意味がない無意味』(河出書房新社)を読んだ。全体に緻密で難解ないわゆる「論文集」なのだが、随所に特別な旨味がある。 意味がある無意味「穴=秘密」は「信仰主義」の拠点になる。無意味という「穴」に、カントの「物自体」やフロイトの「無意識」、ラカンの「現実界」を適合させようとした私自身の試みも、いかにも宗教的動機だったことがいまならわかる。 対して、彼の言う、意味がない無意味「石=秘密」というのは、ラカンの「他の享楽」や東浩紀=デリダの「郵便的脱構築」、浅田彰=ドゥル

      • 傷つきやすさについて

        随分前にこのツイートをしたのだが、その数日後に教室の前で会ったあるお母さんから、「先生、うちの親、死ねばいいのに、とか書かない方がいいですよ。どの親が見ているかわかりませんから」と言われ、どの親というかあなたですよね、と思いながらその場では何も言えず、その後しばらくモヤモヤとした気持ちを抱え続けた。 中学生の子どもたちは、たやすく「うちの親、死ねばいいのにー」と言う。正確には、言うタイプの子と、冗談でも決して言わないタイプの子がいる。僕は「言わないタイプ」だったので、子ども

        • エンパシーというまことしやかに囁かれる言葉について

          いま、ある教育者の「相手の立場を理解しようと努力し、相手のことを想像する力」であるエンパシーが重要という趣旨のツイートが流れてきた。 シンパシーとエンパシーの違いについては シンパシー=相手に対する同情、共感 エンパシー=相手を理解しようとする力、感情移入 というふうにまとめられたりする。 「アザーネス(他者性)との向き合いと理解、エンパシーこそが芸術表現の本質」(鴻巣友季子)というのは、私も確かに…と思う部分がある……ということを認めた上で、それでもなお私は、エンパシー

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          「寄り添う」というまやかしの言葉について

          「向き合う」とか「寄り添う」という言葉は要注意で、そういうのは「向き合わなきゃ!」という感じで無理にやっても失敗します。やり方は2つで、ひとつめは真心でやること、ふたつめは与えられたタスクとしてこなすこと。後者の方が高度で失敗しにくい。(2020.8.31) 長期的に見れば、親が子どもの心配に寄り添う、同調することが、むしろ子どもの苦痛や不安を長引かせてしまうことは多い。(2020.9.15) 「児童生徒の自殺者急増」というニュースに対する「大人はもっと子どもの心に寄り添

          「寄り添う」というまやかしの言葉について

          享楽するミン・ユンギ

          BTSはさまざまな楽曲の中で、大人たちによるパターナルな抑圧からの解放を訴えるとともに、たとえ生傷は避けられなくても、自分が好きなように人生を楽しめと呼び掛けてきました。(*注1) でも、彼らが言う「好きなこと」はちょっと複雑です。「好きなこと」を見つけて人生楽しもうというメッセージがある半面で、「好きなこと」なんてそんなに一面的に言えることじゃない……という葛藤まで織り込まれていて、そういうダブルバインドをそのままに見る姿勢こそが彼らの持ち味です。 シュガは2021年の

          享楽するミン・ユンギ

          寛容さという罠について

          「寛容さに隠された権力」について語るジジェク。 いまの親子関係、教師と生徒の関係は、多かれ少なかれジジェクが指摘するような関係になっていて、つまり、大人の欲望を子供が呑み込むことで、子供が自分の意志で行ったことがそのまま大人の欲望を叶えるということが多すぎる。(私のこれまでの3冊は、全てその権力性への批判があります。) これに関して、私が日ごろ子どもたちと関わる上で意識していることは、子どもに言葉の裏を読ませないということ。 ふざけてる子や居眠りしてる子に「そんなふうな

          寛容さという罠について

          自分独特の

          私は本の中でたびたび「自分独特の」という言葉を使いますが、これは元々は岡本かの子の短編「快走」から採っています。(『おやときどきこども』参照) 以下、「自分独特の」を考えたときのメモのいくつか。 ・・・・ 自分独特の感覚よりも相手と共感し共感される関係を優先する人が多い。それは理解ではなく構造的暴力に抗いもせず流されることなのに、暴力を嫌うはずの人たちがなぜそれを自分に許すのか。 共感の共同体を作ることにばかり執心する人は、いつの間にか自分独特の傷や怨みが他人に乗っ取

          自分独特の

          東浩紀『ゲンロン0 観光客の哲学』(第1部 観光客の哲学)レジュメ

          『ゲンロン0 観光客の哲学』 東浩紀       発表者:鳥羽和久 2017年7月に東浩紀さんが福岡・とらきつねにお越しになった際に作成したレジュメです。 この記事では第1部のみ。 ◇はじめに 本書は哲学書である。21世紀のこのネットとテロとヘイトに覆われた世界において、ほんとうに必要とされる哲学はどのようなものか考えてきた。p6  以下の議論では「誤配」が鍵  本書はまさしく誤配の産物 p8 →最初から書こうとして書かれた本ではない 誤配こそが社会をつくり連帯をつく

          東浩紀『ゲンロン0 観光客の哲学』(第1部 観光客の哲学)レジュメ

          2023年 親と子の間で考えたこと その3

          勉強に対する子供の「やる気がない」という親の嘆きは、現在の子供の内面を責める形で表出するが、その時に親が見て見ぬ振りをしているのは、子供がいかなる時間を過ごしてきたかという歴史の問題であり、その歴史には当然親も含まれる。このことに自覚的であれば、勉強しない子供のやる気を一方的に責めるようなことはできない。それは現在の子供のせいにできるような単純な話ではないからだ。 しかしここで厄介なのは親は子供のことを熟知しているからこそ「やる気」がない原因を子供自身に見出し易い点であり、親

          2023年 親と子の間で考えたこと その3

          2023年 親と子の間で考えたこと その2

          ことさらに子供には未来があると言う前に大人も自分に未来があることをしかと受け止めたい。(5/5) 厨二病(中二病)は評判が悪いが、中学時代のアンビバレントなバランスのまま人生を生きている人が好きだし、自分の中の子供と遊び続けている大人は楽しそうだ。それは無責任な生き方と思われがちだが、むしろ責任について考え続けるような生き方になりうる。(5/11) 朝からインタビュー。「中学受験前の時期、睡眠時間はどれくらいとったらいいか」という質問の前で絶句してしまい、「そんな問いが生

          2023年 親と子の間で考えたこと その2

          2023年 親と子の間で考えたこと その1

          ポップスやヒップホップを聞いている子供への悪影響を心配する親なんてほんとに余計な存在。そんなのほっといてください。子供への悪影響を心配しすぎる親は、自分自身の悪を見る目が曇っていないか疑ったほうがいいです。 「むしろ、クソみたいな、吐き気をもよおすような、残酷な世界の中にも、優しさや喜びはあるのだという矛盾そのものを子どもに見せるのが、大人の務めではないでしょうか」[親子の手帖](1/6) 子供の調子が悪い時にはどんな場所に行っても本人との特性が合わないように感じて、いろん

          2023年 親と子の間で考えたこと その1

          年末年始という時間の折り目について

          年末年始という時間に身を委ねながら、一年の区切りを実感することは、人の生活にとって大切なことです。 ゆく年くる年を見ながら除夜の鐘の音を聞いて厳粛な気持ちになってわずかかに心が揺さぶられる。年が明けたら「明けましておめでとう、今年もよろしく」と身近な人の間で伝え合って少ししみじみとする。そしておせちを食べて、たいして面白くないテレビを見ながらこたつに入ってウトウトとする。 無益な時間を過ごしたようで、そういう正月の実感を得ること、つまり一年が区切られてまた新たに始まったと

          年末年始という時間の折り目について

          几帳面な父親

          几帳面に息子を管理しすぎる父親は高確率で息子を窒息させてしまう。 生真面目さが不足していた過去の自分を悔やむような子育てをする人は、自分のダラしなさがいかに自分を救ってきたか、自分が息をするために必要だったかということを過小評価しすぎている。 母親も父親も区別なく子育てにかかわるのは現代の当たり前だが、親がふたりとも子育てに熱心になることほど子供にとって苦しいことはないだろう。 毎日小言を言う人はひとりで十分で、ふたり以上いたらおかしくなるのは当たり前だ。 父親が小言

          几帳面な父親

          故郷を歌うアイドル(BTSの政治性について)

          BTSのアイデンティティの発火点としてたびたび話題に上るのが、彼らの出身地の話です。BTSはメンバーが7人いるのに、ソウルで育ったメンバーがひとりもいないことで知られています。 とは言っても、ジン(JIN)とナムジュン(RM)はソウルから程近い場所で育っています。日本でいえばジンの出身地の京畿道の安養市が都内の町田市、ナムジュンの京畿道高陽市が埼玉県の所沢市という感じで。(あくまで私のイメージです) そして、ユンギ(SUGA)とテテ(V)は、慶尚南道の大邱広域市です。大邱

          故郷を歌うアイドル(BTSの政治性について)

          いってらっしゃい

          「いってらっしゃい」の中には 悲しみの成分が含まれている いまを生きている子どもの悲しみは いままでいっしょにいた人を 急に喪失する悲しみ 自分がいつか死ぬことを悟った大人の悲しみは 万が一でもこれであなたと会うのが最後だったら という悲しみ 「いってらっしゃい」の中に 別離の悲しみがあるかぎりは 家族の間に「愛してる」は必要ない 悲しみが一日に溶けて、家に戻って安心して それを繰り返していくうちに年が暮れていく 人生がめぐって、みんなで死に近づいていく (2023

          いってらっしゃい