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友達って

先日、「友達」についてのインタビューを受けて、その際に私の中での「友達」の定義を考えてみた。それは、君はこれからもそんな調子で君の好きに生きたらいいじゃない、と相手の生き方を全面的に面白がれる関係性のこと。

「友達」と同義で用いられることがある「仲間」だと、部活動だったりクラスだったりするとまとまって何かをいっしょにやらないといけないので「君はそんな調子で好きに生きたらいい」とは言えない。だって共同の目的を持つのが仲間だから。そこには協調性という軸があり、同調圧力もかかる……そういうしがらみがないから友達というのは稀有なんだと思う。そこには相手に対する責任がないから。……と考えていくと、家族・親子というのは友達になりえない。

それで思い出したけど、先日、いきなり友達の目の前でおならをした子がとっさに「おならをしても気にしないのが家族だよ」と言ったが、「お前と家族じゃないし、マジでクセえし」と怒りのツッコミを受けていた。

「友達」といえば、2021年のこのツイートをしたときの哲学の授業は「どうして友達は大切なのか?」というテーマだったな。


そのときに感じた違和感をまとめたのが以下の記事。(のちに改稿して『君は君の人生の主役になれ』に収録。)

(2024年2月のツイートなどをもとに作成)



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