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case03-03 : 黒い面接官

その少女(?)は背中をまるめ、外敵を警戒する小動物のように、入り口の外からキョロキョロと店内を覗き込む。

席から「前を見て」とメッセージを打ち込んで送ると、少女は届いたメッセージにビクッと肩を震わせると同時に前を向き、大きく目を見開く。

店の外でひとりでビクビクしている姿は、無声映画のピエロを見ているようだ。

ガラスの扉ごしに見える少女は、やや地黒の肌に薄い髪色、大きな目が特徴的だ。通った鼻筋と厚い唇はどこか日本人離れした雰囲気を漂わせている。体の小ささに対してどこか大人びた印象だ。

こちらに気が付いた少女はもう一度ビクッとすると、何故か申し訳なさそうに更に背中を丸め、他の客にさえお辞儀をしそうな勢いだ。たどたどしい歩き方はアニメならきっと変な効果音が付くのだろう。俯きながら目の前まで近づいてくる。

「こ、こんにちは」

震える声で小さくそう言った。

近づくとはっきりとした顔立ちが更にはっきりする。そして小柄さもかなり際立つ。150cmあるかないかといったところか。俯きつつも大きな目が左右にせわしなく動き、手が落ち着く場所を探している。緊張をその小さな身体全体で表しているようだ。

そんな子がまたリクルートスタイル。容姿、体格、服装、すべてがチグハグになっているかのような、妙な違和感だった。

そんな違和感だらけの少女と、黒づくめの怪しい男という見るからに「何かある」絵が5秒ほど流れる。その状況に耐えられなくなったのは俺が先だった。

「…まぁ座って」
「し、失礼します!!」

こんなところまで面接練習の成果が出てしまうものなのか?店内に響く声には気にしないふりをして着席を手で促すと、本当に面接官になった気分だ。

少女はぎこちなく椅子をひいて座ると、手を膝に置き、大きな目は相変わらず伏し目がちだ。こうガチガチに緊張されては進む話も進まない。

「こんにちは、SNSではトーアと名乗っている藤嶋です。連絡してくれた方で間違いないかな?」
「・・・はい」
「コーヒー飲める?紅茶?」
「・・・すいません・・・え?」
「あまり緊張せずに。そんな取って食ったりしないから」
「は、はい、それじゃ紅茶で・・・」

手を挙げて店員を呼び寄せる。

少女とは正反対の落ち着き払った店員の「ストレート、レモン、ミルクどちらにいたしますか?」という問いかけに、少女は何度もパニックを起こしかけている。

「それじゃ、飲み物が来てから話そうかね」
「はい、お願いします」

この飲み物が来るタイミングまでに<話せる雰囲気>にするのが、普段からひとつのポイントだった。

「今日は寒いねぇ、どこからきたの」
「あの、今日はバイトもないので会社に行ってからそのまま・・・」
「あ、そうなんだね。東京駅から近いところかな。遠かったかな」
「大丈夫です大丈夫です、ちょうどこっちに用事もありましたし」

もはや面接官というよりも、今度は怯える野生の動物に怖くない怖くないとなだめる飼育員の気分になってきた。
何でもいい。定番の天気の話だろうが、何だろうが「話す」だけでいい。話すこと自体に慣れてくれば緊張感は徐々に解けていくものだ。

この子はこれまで誰にも言えなかったことを「話したい」はずなんだから。

ほどなくして目の前にアメリカンとレモンティが届く。暖かい空調に乗って漂ってくる柑橘系の香りが心地よい。

「ま、俺のところにくるわけだから色々あるんだろうけどね。軽く事情伺ってよいかな」
「はい…」

気を遣って話しすぎた喉に、アメリカンの柔らかい苦みが染み渡る。ふと見ると、少女は俺が飲むさまをキッチリみていた。

「なんだ、毒なんて入ってねぇぞ」

少女の大きな目が少し緩んだ。

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