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case03-01 : 道化師からの手紙

2月。時刻はまだ午前中。
窓越しに見える通りには、行き交うサラリーマンの姿が目立つ。

お気に入りのファミレスの、お気に入りの日が差し込む窓際ソファ席で注文が届くのを待つ。浅く腰掛け、背もたれに大きくもたれかかり、足を組み、天井を仰ぎ見る。お世辞にも姿勢が良いとは言えないが至福の時間だ。

店内は暖房が充分にきいており、冬用のコートは少し蒸し暑く感じたが、脱ぐ動作すらしたくなかった。絶妙なバランスで構成されたこの至福の時間は慎重に扱わねばならない。恐る恐る視線だけ目の前のテーブルに落とすと、開かれたメニューの上では可愛らしいデザートの写真がキラキラと光っている。

次に視線を少し横に逸らすと、壁に掛けられた小さな鏡にうつる真っ黒な自分。木目調のインテリアが並ぶ、明るい雰囲気の店内で不釣り合いなそれは…出来の悪い合成写真のようだ。

そのいたたまれなさに、ふぅ、と大きく息を吐きながらもう一度視線を天井に戻す。やはりこの体勢が一番落ち着く。ぼうっと今日の頭の中のスケジュールをひとつずつ思い出していく。

(今日はこれからひとり対面で、そのあと遅れてるやつの様子見に行って、ええとそれから…)

思い出しながら前髪がメガネの半分以上を覆い、もう4、5ヶ月は髪を切っていないことに気が付く。3か月に1回ほど髪は切るようにしていたのだが、昨年末の忙しさが1月後半まで長引いてしまい、いつかいつかと言っているうちに伸び切ってこのザマ。

あれほど他人の「時間と約束」には厳しいくせに自分のこととなると甘いもんだ。

背中を引きはがすようにソファから身体を起こし、メニューの上に置いてあったスマートフォンを手に取る。集客用のSNSを起動すると、今日も誰が捕まっただの不倫しただのと話題のニュースが画面の下から上へ走り去り、それを叩く大衆のコメントでいっぱいだ。

(ほんと吹き溜まりのような世界だねぇ…)

攻撃的なコメントに食傷気味になりながら個人同士でやり取りできるダイレクトメールの確認にうつると、未読のメッセージが大量に溜まっていた。

ここは吹き溜まりの中でも最底辺の吹き溜まりなのかもしれない。

「おいくらまで可能ですか?」
「長野在住ですが伺います!」
「500万貸してください」

少し目を離すとすぐこれだ。いつもの内容にうんざりしながら、眼鏡をはずして溜息をつく。

こういった内容の時点で既にまともに返答する気にもならない。おいくらまで?などは最初から借りられるだけ借りてやろうという雰囲気がありありとするし、長野在住なんて何かあったら回収に手間がかかって仕方ない。500万については…もはやノーコメントだ。

非常に残念ながら「借りたくても正規のルートでは借りられない」などという人間は、今の日本にはたくさんいるのだ。わざわざそういった連中を選ぶ必要はない。考えようによっては最初から「地雷ですよ」と分かりやすいのは親切といえば親切とも言えるだろう。

(今日もまたこの調子か)

次々に、頭がやられそうなメッセージをなぞっていくとふと目が留まる。ずいぶんと前からフォローしてくれている不気味なピエロのアイコンのアカウントからのメッセージだった。

『いつも見ています。お金を貸しているというのは本当でしょうか。』

(いつも見てるって…これはこれで怖いな。しかし誰だっけな、こいつ)

確かにこのピエロが以前からよく<いいね>などをくれることは覚えていた。見られてはいる認識はあったのだ。ただ職業病とも言うべきかまずは警戒心が先に動き、そっとピエロのアイコンの鼻あたりを押す。どんな書き込みをしているのか。

「あーープログラミングわかんねーー」
「課題が終わらん、どうしよう」
「また妹とケンカになった、しんど」

まさに日々のつぶやきを20文字前後で書きなぐったものばかりだった。短文を投稿するSNSらしい使い方といえばそうかもしれない。

正直「本当に貸してますか?」といった訊かれ方だけでは前述のとおり断るのが普通だが、特に今は貸付希望者も遅延者も多いわけではない。話だけなら聞いてみても…と軽い気持ちで返信する。

「はい、都内対面が必要ですがご希望であれば、借入希望額、軽くご事情などを記入いただけますか?」

といつもの定型文を送り付け、再び天井に目を向けようとした瞬間に返信が返ってくる。

「いまからバイトなのでまた確認して返します!」

この時点で、無駄な時間を使ったかな、と携帯をテーブルに優しく放って再びソファにもたれかかる。このパターンの場合、ここから音信不通になるパターンがほとんどだ。

天井に向かって「何か面白いことねぇかなぁ…」と呟いてみても、今日も人の顔に似たシミは何も答えてはくれない。

俺は退屈しているのだ。

・・・
・・

しばらくするとファミレスの入り口から入店の電子音とともに、店員の「お待ち合わせですか?」という声が耳に届いた。視線を向けると見知った顔。待ち合わせ時間からすると1時間近く早い。「チッ」と頭の中で大きく舌打ちをする。

相手は長い髪を揺らしながら入口付近をキョロキョロと見まわしていたが、俺を見つけると「あっ」と声を上げて小走りで近づいてくる。そして慣れた動作で、ごくごく自然に当たり前のように目の前の席についた。

溜息をつきながら話しかける。
「浅野さん今日はどうしたのよ、早いな」
「はい、お待たせしちゃいけないと思いまして」
(あまりに早いのも困るのだけどな…)

そう考えるやいなや
「ご注文の季節のパフェでございます」
場違いなパフェの唐突な登場に、なんとも言えない雰囲気が流れる。

俺は敢えてそれを無視し、しかし山盛りのクリームと果物が積み重なったパフェを確実に視界の端にとらえながら

「さ、今日はいくら必要なんだ?」

今日の仕事の始まりの合図を鳴らした。

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謎の人、トーアさんの私小説。信じても信じなくても、全てフィクションということにしてもらえると助かります。当然、noteの内容についての質問は一切受け付けません。

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