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case03-02 : 濃紺の道化師

ふぅ…とタバコの煙が夕暮れ時で朱色に染まった空に、ふわりとかかる。海沿いの倉庫裏の一角。設置型の大きな灰皿にタバコを押し付けると、隣にいた現場の責任者に声をかける。

「それじゃ、あとはよろしくお願いします」

まったく今日は朝から動きっぱなしだ。ガシャンガシャンと耳をつんざくプレス機の轟音から逃げるように、待たせていたタクシーに足早に乗り込む。

・・・
・・

新浦安は埋め立て地に作られた新しい街だ。サンフランシスコあたりの街並みをイメージしたような等間隔の街路樹が、タクシーの窓越しに過ぎ去っていく。大昔に見た海外ドラマのワンシーンのようだ。

10分ほどその造られた景色を眺めていると、あっという間に新浦安駅前のロータリーにつく。タクシーを降りるとそこには大きな耳をつけた家族や、お揃いの格好をした男女。それもそうだ。日本でも指折りのテーマパークが近いのだ。そこら中に鬱陶しい夢の国の香りを感じる。

「まったく楽しそうなことで…」
こっちはこれから、そんな夢とは程遠い仕事だというのに。

夢の国の住人に呪詛をふりまきながら新浦安駅の改札へまっすぐ向かう。西日の眩しさに軽く眩暈を覚えながら、昨日のことを思い出していた。

・・・
・・

例のピエロからの返事は当日の23時頃に届いた。

俺がちょうど同居人(?)の黒猫ジジと今日の寝床争いをしていた時、不意にテーブルからメッセージ音が鳴ったのだ。

いったん寝床争いは休戦とし、テーブルの上に手を伸ばすと
「質問への回答お送りします」
というメッセージとともに回答文が送られてきていた。

年齢、最寄り駅、職業、年収など貸すにあたっての最低限の条件をクリアしているかをまず最初に回答させるのがいつものパターンだ。

(年齢…21って…若いな。まぁ未成年じゃないなら問題なし。用途は延滞している支払に充てる…具体的ではないがまぁいいだろう。だいたい借りる理由なんてそれ以外にない。収入はアルバイト程度だが実家暮らしというのはポイントが高い。本当なら本人に何かあった場合でも親が押さえられる)

そんな具合にいくつか最悪のケースも考えながら、貸すのに値する相手なのかを判断する。もちろんこの時点ではただの文章であるため、フェイクも混じっている可能性はあるが。

「時間なんですが明日の午後可能でしょうか?午前中は就職絡みで会社に行かなきゃいけなくて」

回答を読んでいる途中に割り込むようにメッセージが入る。明日とは急な話だったが、急なのはいつものことで慣れていた。俺みたいな人間に借りるなんていつだって<最終手段>なのだから。

「分かりました。では明日の18時に東京駅の喫茶店で。場所はあとで送ります。指定した持ち物だけは忘れずに。」
手短かに要件だけを伝える。

「あの趣味の悪いピエロが就職…か。」
回答を読み返しながら、はっと気づき振り返る。休戦協定は破られ、寝床のど真ん中に気持ちよさそうに黒猫が丸くなっていた。


・・
・・・

東京駅のホームから八重洲口までの長い長い通路を進んでいくにつれて、グラデーションのように人が増えていく。まったく日本のどこにこんなに人間がいるのか。襲い掛かってくる人間の波はまるでシューティングゲームを彷彿とさせる。

ようやく八重洲口を抜けると外は完全に日が落ち、空気も一段と冷え込んでいた。人の熱気で重々しくなっていた肺に、その冷たい空気をいっぱいに吸い込むと心地よさに安堵する。

さて、ここから歩いて5分程度の喫茶店がいつもの場所だ。まだ約束の時間までは1時間弱あったが、今日は朝からあちこちに散々バタバタと駆け回ったのだ。コーヒーでも飲んでゆっくりしようと、重くなった足を無理やり上げて進む。

「いらっしゃいませ」

ガラスのドアを開けるとカランと入店を知らせる鈴が鳴る。店の入り口が見える喫煙席がいつもの場所だ。

"いつもどおり"店員にその席に案内されて座ると、"いつもどおり"俺がそこに座るのを待っていたかのように店員が水を置く。

そして"いつもどおり"アメリカンと頼むと、店員も"いつもどおり"聞こえたのか聞こえてないのか分からない様子のままキッチンへと消えていく。

これでいい。これくらいの"いつもどおり"がよいのだ。

椅子の背もたれに全体重をかけると、足がじわっと疲れから解放されたような痺れが心地よい。やっとゆっくりできる。更にその気分を味わおうとタバコを取り出し火をつけた瞬間、最初の煙の奥でブブブブっと音がした。

スマートフォンの通知には「お店の前に着きました」のメッセージが光る。

今日初めて、落ち着いた時間を過ごそうとしていた矢先の連絡だ。溜息とともに煙を吐きながら、視線だけを店の入り口に向ける。恐らく眉間には深い深いしわが寄せられていただろう。ただその顔も一瞬のことだった。

「え?」

当たり前だがガラスのドアの向こう側にいたのはピエロではなかった。いや、もしかしたらピエロの方がまだ驚かなかったかもしれない。

そこには濃紺のリクルートスタイルに薄い色の髪を後ろに束ねた…女…いや、幼さを残す少女がいた。

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謎の人、トーアさんの私小説。信じても信じなくても、全てフィクションということにしてもらえると助かります。当然、noteの内容についての質問は一切受け付けません。

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