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case01-22 :幸福

「そ、そんなこと言われても事情が分かりませんし関係のしようがないですよ!」
今井が俺が肩に置いた手を、身をよじるように振りほどき声をあげる。

「狩尾さん、今井さんの言うことはもっともなんだが俺から説明するか?」
俺は狩尾が今井に対してどう自分の家のことを説明しているかも知らない。まずはそれを含めて承諾を得るかのように狩尾に預けてみることにした。

「…え?私?えっと、その…」

ここで察する。今、狩尾は『彼氏に何を言って何を言っていないか』を整理している。俺のような人間に金を借りたということ以外にもかなり隠しているような目の動きだ。

もしかしたら…新川崎の家の状態も…そこに残している子供の存在も…

「狩尾さんさ、あんたもしかして…新川崎のこと話してないな?」
狩尾が親に怒られた時の幼児のようにビクっと反応する。その反応から新川崎に残している親や子供のことさえ狩尾が隠していることを悟る。

「なに?まだなにかあるの?アキどうしたの?」
今井の言葉に更にうろたえ、目の焦点が既にあっていない狩尾を見ながら考えていた。

「狩尾さん俺が言ってやるよ」
その瞬間、蒼白な顔から一気に俺の顔を射抜くように目を向ける。
「何いってんの!ホントやめて!自分で言うから!」
烈火のごとく狩尾が怒り、半狂乱になりわめく。

「いいよ俺が言う」
「やめてよ!!言ったら殺してやるから!!」
興奮状態の狩尾と反比例するように、俺は落ち着いていた。

・・・
・・


「狩尾さん新川崎のパチンコですっちゃったんだよ」
「え?」
蒼白な顔から真っ赤に、そして一気にまた呆けた顔に戻る。血圧は大丈夫だろうか。

「ちょこちょこ来るから俺も顔見知りの気分で貸しちゃったのも悪いんだわ。でも額も額だし俺もちょっと色々出費のある予定が重なっちゃったもんで。だから単純にそれ返してくんない?って話なのよ」
我ながらサラサラとそれっぽいことが言えるものだ。

「え、あれ?」

「ね、狩尾さん?何か間違ってたら言って」

「…あの、合ってます」

「だから別に何か変な話じゃなくて、俺も正直狩尾さんから返ってこなくても今井さんが立て替えてくれてもいいのよ。出どころは別に関係ないからね。そういう意味で"この件に関係してくれるの?"って話だよ」

最後はまくしたてるように話を着地させる。

今井が納得したのかしていないのかよく分からない表情でこちらを見る。まぁ当然だろう。
「それで、おいくらほど借りたんですか」
納得するかしないかはともかく飲み込まなきゃいけないとは理解できるようだ。

「30万くらいだね。あ、狩尾さん違ったら言って」

この30万という数字は適当だ。
しかしこの場では俺と狩尾の合意以外に、今井に対して金額を証明するものがない。まさか借用書を見せるのも「なんでこんな仰々しく?」という不信感に変わる。狩尾の肯定が一番の証明なのだ。そして狩尾はこの状況で俺にNOが言えない。

言えるわけがない。

「はい…30万にはなっていると思います。」

「今井さん、申し訳ないんだけど俺もこうやってわざわざ家に出向きたくもないし、今日この場で終わりにしたいのが正直なところなんだ。近々に払ってもらうことはできる?」

裏を返せば<できないならまた来る>と言っている。そして今井もそれには気が付いている。

「分かりました。アキ、ちょっとこのあと話あるから」
「・・・うん」

「そしたら狩尾さんには振込先を教えてあるのできいといてください。明日中でよいですよ。よろしくお願いしますね」

「分かりました」

「では、おふたりさん。お幸せに」

扉が閉まる瞬間に狩尾に最後に言葉をかける

「ねぇ、狩尾さんさ。<たいせつなもの>はいくつも選べないぜ」
狩尾は何のことを言っているかわかるだろうか。それよりもこれから始まる今井に対する言い訳で頭はいっぱいかもしれないな。

・・・
・・


帰り道も何となく駅まで風に当たりたい気分だった。
わざわざ人通りが多く騒がしいところを選んで歩く。

「まぁ、彼の様子だとちゃんと明日か明後日には解決していそうだな」

どこから流れてきたのか点々と道路には桜の花びらが落ちていた。オレンジの街灯に照らされて不気味に色づく花びらを、向かいから黒猫が器用に避けながらすれ違うように歩き去る。

(殺してやるから、か)

狩尾が発した言葉を思い出す。
「殺してくれりゃいいのに」
ボソっと呟いた声に、答えるように後ろで黒猫が優しく「にゃあ」と鳴いた。

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謎の人、トーアさんの私小説。信じても信じなくても、全てフィクションということにしてもらえると助かります。当然、noteの内容についての質問は一切受け付けません。

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