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ラジオドラマ脚本 2021−003


タイトル【夏の日、大山笠とポニーテールが揺れる日々】

光「親父、息子の卒業式だぞ。ふざけんなよ」

光(N)高校時代、親父の仕事が上手くいかなくなった。順子とも、ギクシャクし始めた。全て親父のせいにした自分がいた。

(N)戸畑の夕暮れ時、山笠の行燈が、風とともにゆらゆらと揺れています。

順子「早く!山笠、行っちゃうよ!」
光「おい、手を引っ張るなよ。誰かに見られたら、高校での居場所がなくなるぞ」
順子「そんな居場所いらないし」
光「相変わらず、子供だな、ば〜か」
順子「守ってくれるでしょ?」
光「浴衣、似合ってるよ」

光(M)高校時代は、家の事で頭がいっぱいだった。言い訳は、いつでも家の事だった。

順子「君は、本当にずるいぞ」
光「順子は、戸畑から出ていかないのか?」
順子「わかんない」
光「お前の学力なら、どこの大学でも、いけるよなあ」
順子「あのさあ、おそらくだよ、おそらく。」
光「なんだよ」
順子「何がしたいかなんて、今は、どうでもいいの。ただ、居場所を見つけたいだけ」

順子(M)居場所を、君と作りたいと思ってるんだよ。ただし、結婚とかではないよ。

順子「あっ、でも、心配しないで、大丈夫だから、本当に、心配しないで」

光(M)なんで、ちゃんと聞いてやれなかったんだろうか?当時の俺にレッドカード。

(SE)電車の停車音


(N)光さん、数十年ぶりに故郷の戸畑駅に
降り立ったところです。

光「サティが出来る事を楽しみにしていたのに、足を踏み入れることもなくイオンかあ」

(SE)携帯の着信音

光「はい!おう、泰一郎かあ、今、駅に着いたところだ。大山笠が懐かしいよ」
泰一郎「中止だよ」
光「COVID-19で、なにかも、歯車が狂った感じの夏だな」
泰一郎「はらぐち商店で、一人で0次会をやってるから、早く飲みに来い」
光「はらぐち商店?」
泰一郎「住所メールするから、グズグズ、言わずに、早く来い」

光(M)変わらず、せっかちな奴だよ。


光「はらぐち商店。ここだな」

(SE)ドアを開ける音

光「Tシャツに、短パン。お前、休みかよ?」
泰一郎「シャワー浴びてきたんだよ」
光「余裕だな」
泰一郎「お前こそ、暑いのにスーツにネクタイなんて、どうしたんだよ?一番嫌ってたスタイルじゃないか」
光「飲み物は?」
泰一郎「ここは、立ち飲み屋。あそこにある古いレジスターで購入だよ」

(N)船を漕いでるおばちゃんがいた。

光「三密、大丈夫か?」
泰一郎「よくみろよ、会話が少ないだろう、皆、小声だし、話をする時はマスクだよ」
光「本当だ」
泰一郎「常連さんがほとんどだから、みんな、ここが閉鎖になると困るんだよ」
光「ここでも、COVID-19かあ」
泰一郎「酔っ払いどもが店を守ろうとしてるのさ。居場所がなくなると困るだろう」
光「居場所かあ」
泰一郎「お前の居場所もここだろう?故郷なんだからさあ」
光「蚊取り線香の匂いかあ」

光(M)あっ、そういえば、順子のやつ。

(SE)祭囃子の音

順子「蚊取り線香の匂いって嫌い」
光「髪の毛、暑くないのか?」
順子「珍しいこと聞くね。浴衣だし、暑いからポニーテールしたかったけど…」
光「あっ、やばい?」
順子「怖い顔してるでしょ」
光「ポ、ポニーテール好きだよ」
順子「遅いよ!バカたれ!」
光「戸畑から、出ていくことになると思う」
順子「東京に就職が決まっとか」
光「いや」
順子「私も、東京の大学にでも行こうかな?」
光「家ごと、引っ越しだよ」
順子「親と子供は、別もんだよ」
光「大嫌いな親父だが、一人にさせるわけにはいかないよ」
順子「今時、流行らないよ」
光「もう、あまり考えたくない」
順子「親が決めた居場所から、抜け出すことが、できない私たちって、不幸だよね」
光「家の話は、やめよう」
順子「東京に行ったら、見つかるのかな?」

光(M)今も、自分の居場所を探している。手が届いていたはずのピースも、一緒に。

(SE)店内の喧騒

光「呑み会?誰がくるんだ?」
泰一郎「戸畑にいて、お前のことを知ってる奴となると、俺とお前を入れて、4、5人くらいかな?」
光「そんなものなんだ」
泰一郎「今夜、こっちに泊まらないのか?」
光「明日、福岡で、外せない仕事があるんだ。すまんな」
泰一郎「両親が会いたがってたんだが…」
光「仕事という居場所を懸命に守ってるんだよ。これでもさ」
泰一郎「お前、結婚は、しなかったのか?」
光「会社を作ったら、会社のことばかりで、結婚を忘れたよ」
泰一郎「ほんとかよ?」
光「今回のCOVID-19のことで、その居場所も風前の灯だよ」
泰一郎「また、作ればいいさあ」
光「簡単に言うなあ。お前は、役所を勤め上げれば、悠々自適の生活だろ?」
泰一郎「ローンが残るから、働くんだよ」
光「大変なんだなあ」
泰一郎「役所にも、相談にくる人が増えてきたよ」
光「田舎の人間関係は嫌いだ」
泰一郎「田舎の良くないところだな。だいぶ、変わってきたと思うけど」
光「自粛警察の塊だもの田舎は」
泰一郎「日本人は、他人の失敗を許す気持ちがないからな」
光「助けてって声も聞いてくれない」

(N)高校の時のように、じゃれ合う二人。三密はダメですよ。お二人さん。

光「懇親会の会費、お前が払ったのか?」
泰一郎「あれ、そういえば、誰が払ったんだろう?」
光「お前じゃないのかよ?」
泰一郎「お前が、この町からいなくなったときは寂しかったよ」
光「嘘つくんじゃねぇよ」
泰一郎「ばれた?」

光(M)夜逃げ同然に、この町を離れた。幸いなことは卒業式に出れたこと。親父にも、人の心があったことに正直驚いた。

(SE)豆腐屋の笛の音

(N)放課後の教室。心地良い風が、順子さんのポニーテールを揺らしています。

光「学校にクーラーがあれば、住みつくかもな」
順子「生徒が帰れば、電源落とすから、今よりも、暑いよ」
光「そんなことないだろう」
順子「一緒にいてあげてもいいけど、ずっと団扇であおいでね」
光「それは…」
順子「君の悪い癖だよ」
光「何がだよ」
順子「なんでもかんでも、先送りするところ」
光「決めなきゃダメか」
順子「ねぇ、何か話すことがあれば、いつでも、正直に話すように、わかった?」
光「別に、何もないよ」

光(M)狭い町のことだから、当時の家の事情も順子の耳にも届いていたかもな。

順子「ねぇ、卒業式の後に、旅行に行かない?時間あるでしょう?」
光「金がない」
順子「ねぇ、セックスしないかと誘ってるんだよ。この鈍感やろう!」
光「えっ?」
順子「ここまで言わせといて男として、恥ずかしくないのかなあ?」
光「お前こそ、恥ずかしくないのかよ」
順子「好きな人に対して、自分の気持ちをぶつけるのはダメなこと?」
光「いや、ただ」

光(M)あの時、家のゴタゴタがなかったら、俺は、順子と卒業旅行に行くつもりだった。

(N)はらぐち商店も、人が増えてきました。

泰一郎「なに、ニヤニヤしてるんだよ。そろそろ行くか」
光「女子は、来ないのか?」
泰一郎「なんだ、お前、もしかして、順子に会いたいのか?」
光「ばかいえ。今更あってどうするんだよ?」
泰一郎「青春を取り戻せよ!」
光「今でも、俺は、青春、真っ只中だぜ」
泰一郎「髪の毛、後退してないか?」

光(M)順子が望んでいるはずがない。優柔不断で、物事を決められない男なんて。

泰一郎「順子のやつ、お前が失踪してから、誰とも、連絡をとってないみたいだぞ。今みたいに、LINEとかなかったし」
光「俺が悪いんだよ。気持ちを弄ぶような事したから」
泰一郎「やったのか?」
光「いっそのこと。そうした方が良かったかもな」
泰一郎「お前らしいな」

(SE)廊下を歩く生徒たちの足音

(N)アナウンスの声。ただいまより、卒業式を始めます。卒業生は、体育館に集合してください。


泰一郎「おい!光、式の後に、クラスの奴らとの懇親会?はっきり返事しろよ」
光「あっ、うん」
泰一郎「順子、お前は?おい、シカトするなよ?幹事頼んだぞ!」

光(M)旅行の話、曖昧のまま時間が過ぎた。あんなに嫌っていた親父を見捨てることが結局、できなかった。バカな俺。

(SE)式典中のざわめきの音

(N)これより、卒業式をとり行います。卒業生、起立!

泰一郎「光さ、お前らどうしたんだよ?順子のやつ、変だぞ。お前の事、避けてるように見えるけど?卒業で問題発生?」
光「いつもの気まぐれだよ」
泰一郎「式が終了後、四角飯店に集合だからな忘れんなよ。会費は、4000円」
光「それなあ〜」

光(M)卒業式の朝、親父から、今夜出ていくから、用意しておけと。それと、この件は、誰にも言うなよ。きつく言われた。

(N)光さんと泰一郎さん、飲み会の会場に着いたようです。

(SE)お店のドアを開ける音

泰一郎「おい、みんな待った?遅れてごめんな。お詫びに失踪者を連れてきたぞ!」

(SE)ざわめく店内

(N)光さん、お店に入るなり、大きな声で。

光「ごめん。何も言わずに、消えたこと、ご迷惑をおかけしました」

(N)深々と、頭を下げる。光さん。

(SE)椅子が倒れる音

順子「優柔不断なキミのことだから、今回も、ドタキャンするかと思ってた」
光「えっ?泰一郎!お前!」
順子「懇親会の会費、幹事の私が、ずっと、立て替えているんだからね」
光「泰一郎、お前!知ってたのか?」
泰一郎「ごめん、黙っていて」
光「青春、取り戻せって言ったよな。泰一郎!」
順子「きみはの居場所は、ここなんだよ!相変わらず、鈍感やろうなんだから!故郷とちゃんと向き合ってよ!」

【完了】

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