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  • 書痴の物語、愛書家の語り

記事一覧

ニコライ・テルレツキー「履歴書」

Carricurum vitae by Nikolaj Terlcký私はおとめ座生まれだ。だからもっぱら理性に従って生きていくはずだった。だが理性に従わなかった。おそらく、扉は東に向いているが…

Joici_Nara
4週間前
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ネズヴァル=マイェロヴァー=タイゲ『アルファベット』(1926)について

はじめに この覚書では、知る人ぞ知るブックデザイン大国のチェコにおいて最も高く評価されている書籍であり、チェコ・アヴァンギャルドの最高峰の一つとさえ評価されてい…

Joici_Nara
3か月前
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エヴゲーニイ・ザミャーチン「フィータについてのお話」

「フィータについての一つ目のお話」フィータは警察署の地下室でひとりでに生まれた。地下室には過去の処理済の事件の書類が積み上げられているが、分署長のウリヤン・ペト…

Joici_Nara
6か月前

エヴゲーニイ・ザミャーチン『洪水』(1929年)

【全7章のうちの第3章までの翻訳】 1ヴァシーリエフ島を世界が大海のように取り囲んで世界が横たわっていた。そこでは戦争があった、それから革命があった。しかし、ト…

Joici_Nara
7か月前

エヴゲーニイ・ザミャーチン「洞窟」(1920年)

 氷河、マンモス、荒野。どことなく家を思わせる夜の黒い岩山、その岩壁に穿たれた洞窟。深夜、岩山のはざまの石の路地で、いったい何ものなのか、鼻嵐を吹いて路地のにお…

Joici_Nara
7か月前
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エヴゲーニイ・ザミャーチン「ママイ」(1920年)

 毎夕毎夜、ペテルブルグにはもうアパートがなくなる――あるのは六階建ての石造りの船だ。その船は六階建ての孤絶した世界となって石の波を切り、やはり孤絶した他の世界…

Joici_Nara
7か月前

ヤロミール・ラシーン「書物について、人について」(1929年)

 親愛なる友人のみなさま! 本に対する愛、美しい本を望む心が私たちを結びつけている、この《チェコ愛書協会》において、今年の連続講演の幕を切って落とす光栄に浴する…

Joici_Nara
1年前
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ジョージ・ギッシング「クリストファーソン」(1902年)

それは二十年前の五月のある夕方だった。その日は一日中、太陽が出ていた。疑いもなく、これから語ろうとしている出来事のために、はるか以前に消えてしまった陽光と暖かさ…

Joici_Nara
1年前
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ニコライ・テルレツキー「履歴書」

ニコライ・テルレツキー「履歴書」

Carricurum vitae by Nikolaj Terlcký私はおとめ座生まれだ。だからもっぱら理性に従って生きていくはずだった。だが理性に従わなかった。おそらく、扉は東に向いているが、窓は西に向かって大きく開かれている町で生まれたせいだろう。その町はペテルブルグと、その後ペトログラード、そしてレニングラードと呼ばれていた。この奇妙な町で一九〇三年九月十三日に、つまり今も手元にある公文書

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ネズヴァル=マイェロヴァー=タイゲ『アルファベット』(1926)について

ネズヴァル=マイェロヴァー=タイゲ『アルファベット』(1926)について

はじめに

この覚書では、知る人ぞ知るブックデザイン大国のチェコにおいて最も高く評価されている書籍であり、チェコ・アヴァンギャルドの最高峰の一つとさえ評価されている『アルファベット Abeceda』(ヤン・オットー出版、1926年)について紹介する。

『アルファベット』は、ヴィーチェスラフ・ネズヴァル(1901-1958)の実験的な詩、ミルチャ・マイェロヴァー(1901-1977)のモダン・ダン

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エヴゲーニイ・ザミャーチン「フィータについてのお話」

「フィータについての一つ目のお話」フィータは警察署の地下室でひとりでに生まれた。地下室には過去の処理済の事件の書類が積み上げられているが、分署長のウリヤン・ペトロヴィチの耳に、誰かが何かを引っ掻き、コツコツと音を立てるのが聞こえてきた。

ウリヤン・ペトロヴィチがドアを開けた。埃が舞っている――くしゃみが止まらない。すると埃まみれで灰色のフィータが出てくる。性別は主として男で、数字が刻印された赤い

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エヴゲーニイ・ザミャーチン『洪水』(1929年)

【全7章のうちの第3章までの翻訳】

1ヴァシーリエフ島を世界が大海のように取り囲んで世界が横たわっていた。そこでは戦争があった、それから革命があった。しかし、トロフィーム・イヴァヌィチの働くボイラー室では相も変わらずボイラーが同じように唸り、圧力計も相変わらず九気圧を指していた。ただ石炭だけは別のを使いはじめていた。前はカーディフのだったが、今はドネツクのだ。ドネツク産は砕けやすくて、黒い炭塵が

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エヴゲーニイ・ザミャーチン「洞窟」(1920年)

 氷河、マンモス、荒野。どことなく家を思わせる夜の黒い岩山、その岩壁に穿たれた洞窟。深夜、岩山のはざまの石の路地で、いったい何ものなのか、鼻嵐を吹いて路地のにおいを嗅ぎ、白い雪の粉を吹き上げている。もしかしたら灰色の長い鼻のマンモスか、それとも風か――いや、その風は超マンモス級のマンモスの冷たい咆哮にほかならぬのか。ただ一つはっきりしているのは冬だということ。歯がガチガチ鳴らないように、これ以上な

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エヴゲーニイ・ザミャーチン「ママイ」(1920年)

 毎夕毎夜、ペテルブルグにはもうアパートがなくなる――あるのは六階建ての石造りの船だ。その船は六階建ての孤絶した世界となって石の波を切り、やはり孤絶した他の世界のあわいを縫って疾駆して行く。荒れ狂う石の街路の大海原に向けて、数限りない船室の灯りが光りを放つ。もちろん、船室にいるのは住人ではない。そこにいるのは乗客だ。船に乗り合わせた者同士のように、互いに知っているような知らないような間柄だ――夜の

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ヤロミール・ラシーン「書物について、人について」(1929年)

ヤロミール・ラシーン「書物について、人について」(1929年)

 親愛なる友人のみなさま!
本に対する愛、美しい本を望む心が私たちを結びつけている、この《チェコ愛書協会》において、今年の連続講演の幕を切って落とす光栄に浴することとなりました。ここで私は書物と人について、お話ししたいのですが、いきなり、中世の神学者の顰みに倣って区別と分類から話し始めるからといって、何とぞ私を非難しないで下さい。私たちは本を、その内在する価値によって文学性の長大な尺度の上に――主

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ジョージ・ギッシング「クリストファーソン」(1902年)

それは二十年前の五月のある夕方だった。その日は一日中、太陽が出ていた。疑いもなく、これから語ろうとしている出来事のために、はるか以前に消えてしまった陽光と暖かさは、今なお私と共に生きている。私の部屋の窓に区切られた細長い空を横切っていった、大きな白い雲を彷彿として見ることができるし、ロンドンの都心での独り仕事には差し障りのある、春の倦怠を今一度感じることができる。

ようやく日が暮れる頃になって、

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