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不条理短篇小説

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現世に蔓延る号泣至上主義に対する耳毛レベルのささやかな反抗――。
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2021年1月の記事一覧

短篇小説「言霊無双」

短篇小説「言霊無双」

 目の前を歩いている人がずっと後ろを向いているように見えるのは、シンプルに彼女が後ろ向きな考えを持っているからだ。人は後ろ向きな思考を続けているあいだは、文字通り顔面が後ろを向いてしまうようになった。

 それに対して、先ほどから僕の右脇を歩いている男をどんなにジロジロ見つめてもこちらを振り向かないのは、おそらくは借金で首が回らないせいだろう。

 ネットやSNSの流行により、言葉によって人が傷つ

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短篇小説「何もない」

短篇小説「何もない」

 とある土曜日の夜、私は「題名のない音楽会」へ行った。

 それは「指揮棒のない指揮者」が指揮をとり、「バイオリンのないバイオリン奏者」や「チェロのないチェロ奏者」が「音楽のない音楽」を演奏する素晴らしい音楽会。ないのは題名だけでなく、あるのはただ静寂のみであった。

 出不精の私をこの素敵な会へと出向かせたのは、「友達のいない友達」からの「誘い文句のない招待状」である。

 では「友達のいない友

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ショートショート「押すなよ」

ショートショート「押すなよ」

「押すなよ押すなよ」あいつは言った。
 だから僕は押さなかった。

「押すなよ押すなよ」あいつはもう一度言った。
 やっぱり僕は押さなかった。だって押すなと言っている。

「押すなよ押すなよ」あいつはこれで三回も言った。
 こんなに何度も言うってことは、押されるとさぞ大変なことになるのだろう。僕はますます押せなくなった。

「押すなよ押すなよ」あいつは懲りずに言っている。
 それでも僕は押さなかっ

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短篇小説「不可視な無価値」

短篇小説「不可視な無価値」

 右に置いてある物をそのまま右に置いておくのと、いったん左に動かしてから再び右に置き直すのとではまったく意味が異なる。それが我が社の理念である。

 これは一度動かしてしまうと同じ右でも位置が微妙に変わってしまうとか、そういうことではない。当初置いてあった場所と、動かした末に戻した場所が寸分違わぬ場所であったとしても、それらはすでに完全な別物なのである。我が社はそういう方針のもとで生産活動をおこな

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コント「無傷だらけのヒーロー」

コント「無傷だらけのヒーロー」

【登場人物】
 ガジロー選手(野球のユニフォームを着ている)
 アナウンサー

 試合後のヒーローインタビュー。お立ち台に選手が立ち、その横でアナウンサーがマイクを向ける。深めのエコーがスタジアム全体に響き渡る。

アナウンサー「放送席~放送席~。本日の試合で見事完封勝利をおさめました、スワルトヤクローズのガジロー投手です。(ガジローに)いやー、それにしても完璧な復帰戦でしたね!」
ガジロー  「

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短篇小説「動機喚起装置もちべえ」

短篇小説「動機喚起装置もちべえ」

 私はついに動機喚起装置『もちべえ』を手に入れた。これさえあればどんな願いも叶えたようなものだ。なにしろ成功する人間にもっとも必要とされるものは、実のところ斬新な発想でも強固な人脈でも漲る行動力でもなく、それらすべての原動力であるところの「動機」であるからだ。

 物事のスタート地点には、必ず動機というものが存在する。動機なきところに成功などあり得ない。明確な動機なしにはじまったプロジェクトは、内

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