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不条理短篇小説

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現世に蔓延る号泣至上主義に対する耳毛レベルのささやかな反抗――。
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2020年5月の記事一覧

短篇小説「机の上の空論城」

短篇小説「机の上の空論城」

 いよいよ私はたどり着いた。旅の最終目的地である、この大いなる「空論城」へと。

 門前から見上げると、「空論城」は四本の太い木の柱に支えられた巨大な板の上に、そう、まるで机の上に建っているように見えた。さすがはかの有名な言葉「机上の空論」の語源となった城である。それは土台となる机の上にその底面を接しているようでありながら、そこからやや浮遊しているような不安定さをも孕んでいた。

 思えば長い旅路

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短篇小説「桃太郎そのあとに〈童話後日譚〉」

短篇小説「桃太郎そのあとに〈童話後日譚〉」

 かつてない鬼退治の大成功により、その中心人物である桃太郎の人気は爆発した。

 民衆に甚大な被害をもたらしていることを認識していたにもかかわらず、その事実を隠蔽して鬼を放置し続けてきた時の政権はにわかに求心力を失い、鬼に苦しめられてきた人民の誰もが桃太郎政権の誕生を望んだ。それは民衆の自然な心の動きであった。

 どこへ行っても街を歩けば行列ができるほどの握手攻めに遭い、その人気にすっかり気を良

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短篇小説「豚に真珠そのあとに〈ことわざ後日譚〉」

短篇小説「豚に真珠そのあとに〈ことわざ後日譚〉」

 豚は戸惑っていた。今朝、飼い主である王様から突然に、真珠の首飾りをかけられたからである。それはとてもキラキラと輝いていたが、残念ながら美味しそうには見えなかった。きっと口には入れないほうがいいだろう。

 豚は最初、一部の凶暴な動物たちのように、いよいよ自分にも首輪をつけられたのかと考えた。しかし豚は王様に飼われている他の動物らと比べても、特に素行不良なところはないと自負していたし、なによりその

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短篇小説「逆接さん」

短篇小説「逆接さん」

 その魅力を語るには、どうしても逆接を用いずして表現できない女、それが「逆接さん」である。

 逆接さんは魅力的な女性ではあるが美人ではない。身長は高くないが実際の身長を聞いてみると、それよりはだいぶ高いなと誰もが思う。性格は温厚だけれども激しい。時に温厚だったり時に激しかったりというのではなく、常時温厚で常時激しいのだからそうとしか言いようがない。梅干しは嫌いなくせに梅ガムを好んで食べる。

 

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