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不条理短篇小説

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現世に蔓延る号泣至上主義に対する耳毛レベルのささやかな反抗――。
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2020年4月の記事一覧

短篇小説「喩え刑事」

短篇小説「喩え刑事」

 管轄内で立てこもり事件が発生したとの通報を受け、喩え刑事がパトカーで現場へ急行した。五十代の男が、別れた妻とその娘を人質に立てこもっているという。

 喩え刑事は、助手席に乗るゆるふわパーマの新米刑事に言うでもなく呟いた。「いま俺たちは、まるで矢のように現場へ向かっているな」

 新米刑事は、パトカーの形はそんなに矢のように尖っているわけでもないな、と思ったので何も考えずに生返事で済ませた。しか

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不条理短篇小説「人望くん」

不条理短篇小説「人望くん」

 どこの世界にも、いったいその人がなぜそんなに評価されているのか、その要因がどうにも思いあたらない人物というのがいる。イケメンでも演技派でもない大御所俳優。美人でも巨乳でもないグラビア女王。失言まみれ汚職まみれの大物政治家――。

 挙げればキリがないが、考えてみれば小学生のころからそういう奴はいた。私は彼のことを、羨望と揶揄の念を込めて「人望くん」と呼んでいた。

 人望くんは、とにかく先生に怒

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短篇小説「某気茶屋」

短篇小説「某気茶屋」

 そう、ここは繁華街にある居酒屋『某気茶屋』。今日も我が店は、あらゆる「気」にあふれている。

 その原動力となっているのが、各店員がそれぞれに放っている「気分」である。我が店ではスタッフの個性を重視して、各人の胸の名札に、苗字とともに「その日はどんな気分であるか」を表記している。その日の気分によって、挨拶も必然的に変わる。

 ここがもしも『やるき茶屋』であるならば、店員の気分にかかわらず、注文

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短篇小説「桃太郎謝罪会見」

短篇小説「桃太郎謝罪会見」

 まさか鬼のツノからきびだんごが出てくるとは。

 桃太郎はだだっ広い『ホテルニュー鬼ヶ島』の謝罪会見場で大量のフラッシュを一身に浴びながら、鬼の知能を高く見積もりすぎていたことを激しく後悔していた。あれがそこから出てくるのは必然であることに今さら気がついたのである。まさかでもなんでもない。

 ちなみに『ホテルニュー鬼ヶ島』というのは、オーナーの元ヤンキー夫妻が「鬼ヶ島」という響きのいかつさに憧

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短篇小説「鶴太郎の恩返し」

短篇小説「鶴太郎の恩返し」

 むかしむかし、北の国の山奥に、とある老夫婦が住んでいた。ひどく雪の多い冬だった。

 ある日、お爺さんはたまの晴れ間を縫うように、森へ柴刈りに行った。森の奥へと歩いてゆくと、さっきからずっと鳥の鳴く声がしていることに気づいた。それは「キューちゃん、キューちゃん」という、なぜか「ちゃんづけ」の、九官鳥のような独特の鳴き声であった。

 お爺さんが声の聞こえるほうへ歩みを進めてゆくと、雪の中でもがき

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短篇小説「某校の卒業式」

短篇小説「某校の卒業式」

 今日は晴れて我が校の卒業式であった。それはこのたび、晴れて卒業を迎えた私にとって忘れられぬ卒業式となった。忘れるほうが難しい、といったほうが正確かもしれない。

 我が校の卒業式は、廃線となったかつての最寄り駅のホームを貸し切りにして行われる。だからといって、鉄道関係の専門学校というわけではない。すでになんの役にも立たない駅が依然として取り壊されず保存されているのは、我が校の卒業式のためであると

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