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狂気と信念が地球を突き動かすーー。これは、異端の傑作漫画『チ。―地球の運動について―』

【レビュアー/おがさん

バケモノみたいな作品が現れた。

1話を読んだ時、そう確信した。理由は「痛み」から始まる話だからだ。

Twitterで拡散されるストレスのない漫画とは真逆のストレスフル作品

漫画を拡散させる為には、もはやSNSは欠かせないツールである。そのなかでもTwitterは漫画好きが多くいるSNSではないだろうか。

そんなTwitterで拡散されやすい漫画には共通点、まさにトレンドが存在する。

2020年のTwitter漫画のトレンドは「ストレスがかからないこと」が条件の一つとしてあったように思う。

2020年は特に、正義という名を持つ大衆の「数の暴力」が、多くの人を疲弊し、傷つけた。コロナ禍中で誰もが行動を制限され、ストレスを抱える生活を送ってきた。

その反動からか、読みやすく、心に負担がかからず、気軽に読める作品が好まれた結果だと推測している。

例えば、動物にひたすら癒される漫画であるとか。

ただただ幸せになれるラブコメであるとか。

最終的に幸せに向かっていったり、いい話としてまとまっている漫画が、拡散されやすい要因であったと思う。

本作は、そういったTwitter上での漫画のトレンドとは真逆の拷問のシーンから始まる。

それにも関わらず、作者である魚豊先生による漫画のツイートは、2,2万いいねを超えていた。これがこの作品の持つ力を示す何よりの証明だろう。(個人的にはこの5倍くらい、いいねがついて然るべきと思っている。)

そして、この作品を「人類がクソおっきい岩を動かす話」とするワードセンスも流石すぎる。

この一コマに全てが詰まっている。物語の開会宣言と言える最高の演出

この物語が最初に追う人物・ラファウは12歳で大学に合格。周りからの信頼も厚く、模範のような生徒だった。エリートコースを進むことが約束された順風満帆な生活だ。しかし、心の底ではこう思っていた。

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『チ。-地球の運動について-』(魚豊/小学館)1巻より引用

これだ。これなんだ! 思わず、待ってましたと心の声が漏れる。

ラファウは合理主義だ。周囲の人間はバカだし、騙すことなんて簡単。後はレールを踏み外さないようにするだけ。この国では、異端者は火あぶりの刑にされる。

前作『ひゃくえむ。』から魚豊先生の作品を追いかけている読者は、この時点でフリが完璧に整ったことを確認したことだろう。魚豊先生による開会宣言がこのコマより告げられた。

そして、コマ内で使われている「チョロい」という言葉。

この漫画では古い時代が舞台となっており、作品を歴史ものとして表現しようと思うと、おそらく一般的にはあまり使われないであろう言葉だ。だからこそいいのだ。

この物語は歴史考証を正確に行い、その史実をなぞるだけの漫画ではないことが、前述の主人公の意外性と同時に、声高らかに宣言されたのだ。そんなさまつなことは物語の本筋ではないと。

この物語の主人公は

本作は少年ラファウの視点で始まる物語である。では、ラファウが主人公かと言われると、そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。

思うに、この物語の主人公は、受け継がれる信念だ。

時に狂気ともいわれるような、登場人物の信念を貫き通す生き方は、感動を呼ぶ。この感動を媒介として、人から人へと信念は受け継がれていくのだ。

そして、その信念が受け継がれるのは作品の登場人物だけではない。

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『チ。-地球の運動について-』(魚豊/小学館)1巻より引用

まっすぐにこちらを見据える瞳は、この作品を読む読者にも問いかけているように感じる。

あなたが生きる意味、そして信念を。


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