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「12時間」と「自転車」で考える

突然だが、ある大学の小論文試験で出題された過去問題を一問。

この試験の終了後、自由時間(12時間)と自転車を与えられたなら、どこを訪ねたいか。場所と理由を述べよ。  

上の問題、以前図書館でたまたま借りた本の中で紹介されていた。

1934年に放送作家としてデビューし、小説家、劇作家でもある井上ひさしの『にほん語観察ノート』という本だ。

じつはこの本を読む前、井上ひさしの戯曲『父と暮らせば』を初めて読んだ。

『父と暮らせば』は、終戦直後の広島を舞台にした父と娘の物語だ。これまで全国各地で舞台公演もされている。

図書館に勤める娘の将来(恋の行方)を気にかける父・竹造に対して、心配無用と跳ね返す娘の美津江。父と娘の広島弁によるやりとりには、人間味あふれる「方言」の持つ力を感じる。これが仮に標準語であったなら、物語としても劇としても全く味気のないものになってしまうだろう。

自称、恋の応援団長として娘に結婚を勧める竹造だが、美津江は過去の大きな出来事のために踏み込めないでいた。物語が進行していくにつれ、読者はやがて物語の中で”ある事実”に気が付かされる。それがまたこの物語の心を動かされるクライマックスの一つだ。

『にほん語観察ノート』という本は、井上ひさしの本でも小説や戯曲などではなくエッセイだ。

時は1980年代~2000年頃。政治家、スポーツ選手、作家、芸能人など、当時良くも悪くも世間を賑わせた話題の言葉を切り取り、井上ひさしがその言葉から感じたこと、自らの経験を踏まえつつ優しい語り口で書き綴っている。

各テーマごとに簡潔に書かれているのですらすら読めた。こんなことがあったなぁ、と懐かしく感じる話題もある。

閑話休題。

じつはそのなかの「考える力」という章の中で、冒頭に紹介した小論文の試験問題が記載されていたのだ。

この問題を読んだ時、なんてワクワクさせる試験問題だろうと思った。

さっそく、自分ならどこへ行くかと考えてみた。妻にこの問題内容を伝え、自分なりにざっくりと口頭で”解答”してみた。

ちなみに試験会場は自宅としている。

「まず私は、試験が終わったら自転車で江の島へ向かいます。江の島は、中学生の頃に友人と自転車で2度行った経験があります。地元からママチャリで約3時間かかりました。それからどっち方面にいくか?三浦半島方面?それとも小田原・熱海方面?」

「私は、小田原・熱海へ向かいます。理由は2つあります。まず日本は左側通行のため、少しでも海を間近に見ながら走りたいからです。2つ目は、熱海へ行って温泉に浸かりたいからです。自転車旅なので、最後はゆっくり温泉に浸かって疲れを癒したいです」

こんな感じで妻に伝えたら、「合格!」をもらえた。

ちなみに想像するだけしておいて、実際この想像は現実的に可能なのか。

自宅から江の島まで3時間、江の島から熱海まで4時間とみても計7時間。この時点でまだ5時間も余裕がある。温泉に1時間、昼食や夕食に1時間ずつ使ってもまだ3時間の余裕が残る。

江の島でしらす丼を食べて、サザンの歌を歌いながら茅ケ崎ビーチを抜けて小田原へ。外から小田原城を見届けたら真鶴漁港で釣り人を眺めながらまた海鮮丼を食べて、熱海までまっしぐら。

行けるかもしれない。ちなみに、帰路のことはまったく考えてない。むしろ、熱海で温泉に浸かったらそのまま旅館に泊まりたい気分だ。

一つ気になったのは、与えられた自転車が”ママチャリ”だとするとかなり厳しい戦いになることだ。せめてクロスバイクかロードバイク、電動自転車なら尚ありがたい。

自転車という手段が同じでも、「12時間」という時間は人によって使い方が変わるだろう。それがこの試験の問いの本質かもしれない。

できるだけ時間をフルに使うのか、それとも15分~30分くらいなのか。

結局、「何をしたいのか」によって、その答えは十人十色になるはずだ。

***

トップ画像は、もときさんから拝借させていただきました。(みんなのフォトギャラリー:motokids)

場所は神奈川県大磯の砂浜。季節は春。江の島から海岸線を熱海へ向かう途中、砂浜でちょっと休憩しているイメージで。

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