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ピノとお散歩シリーズ「ポルターガイスト騒動」

『コツコツ、コツコツ』深夜ふと目が覚めると、暗闇の中で音がしていた。それほど大きな音ではなく、どこからともなく聞こえてきた。なんの音だろ、と思ったのだが、あまり気にもせずにまた寝てしまった。翌日は、何だかバタバタと忙しかったので、謎の音は忘れていた。
その日の深夜、ボクはベッドの中で寝かかっている時だった。再びどこからかコツコツと何かを叩くような音が聞こえてきた。家の外からではなさそうだ。寝室の中からでもなく、なんだか壁の中から聞こえてくるような、不思議な音だった。ボクは不安になったが、愛犬のピノが足でフローリングの床を叩く音だろうと思うことにした。以前にも時々、そんなことをしていたからだ。それにしては、いつまでも音がしていたので、ボクはなかなか眠ることが出来ず、昔のことを思い出していた・・・

ボクの若い頃、サラリーマンになりたての頃、風呂もない築四十年のオンボロアパートの一階で暮らしていた。一人暮らしは初めてだったのだが、寝付きも寝起きも素晴らしくよいボクは、目覚まし時計がなくとも起床時間はいつも正確だった。ただ、音が聞こえたり明るかったりすると、眠れないことが多いので、寝る時にはすべての灯かりを、電燈の豆球すら消すのが昔からの習慣だった。だからボクは、いつも真っ暗闇の中で寝ていた。
そんな頃のことだ。深夜にふと目を覚ますと、誰かが枕元に座っている気配がした。そんなバカな、とは思ったのだが体がピクリとも動かない。両腕両足を上から誰かに押さえつけられている。目は開いているはずなのだが、暗闇で何も見えない。顔のすぐ上で、ハーハーと荒い息づかいが聞こえてくる。ボクは恐怖のため、必死になってもがいた。その瞬間、目が覚めた。慌てて明かりを付けたが、部屋には誰もいなかった。
いわゆる金縛りだったのだが、その後もアパートで何度か同じような体験をした。ただボクは根っからの理系だったので、金縛りとはレム睡眠時によく起きる、『体は寝ていて脳だけ覚醒した状態』だと知っていたので、特に心配するようなことはしなかった。

 謎の音が聞こえていた翌朝、ボクはピノに「なんでそんなに長い間、床を叩くんだ」とたずねると、「そんなことは知らないよ」という顔をされた。おかしいな。寝返りしても確かに聞こえていたから、金縛りでの幻聴ではないはずだし。じゃ、なんだろうな?
 その日の晩は謎の音がするか気になり、深夜になってもなかなか寝付けなかった。だが特に何事もなく、静かな夜だった。それから数日間、謎の音はしなかったので安心していたのだが・・・

週末の夜。ボクは深夜までリビングでだらだらと寝酒のウイスキーを舐めていた。すると、かすかにコツコツと音が聞こえてきた。横になっていないので、夢のはずがない。思わずピノを見たのだが、ピノも聞き耳をたてている。もっともピノはパピヨンなので、いつも耳はピンと立っているのだが、とにかくピノが特に音をたてている様子はなかった。
 次第にコツコツという音は大きくなり、時々ドンドンという音まで混ざってくる。ボクとピノは思わず顔を見合わせた。「これが噂に聞くポルターガイスト、騒霊現象かな。これでお皿が何枚か空中に浮かんでいたら、謎の音の原因はただのポルターガイストだった、で済ますんだけど」とピノに言うと、「バカじゃないの」と、ピノがあきれた顔をする。
 しかたなくボクは、ピノの鋭いカンを当てにして、一緒にどこから謎の音がするのか、すべての部屋を調べてみることにした。まず一階の各部屋をウロウロと歩き回ってみる。もしかしたら誰かが外から壁でも叩いているのかとも疑い、そっと外を見てみたが誰もいない。それでもコツコツ音は続いていた。


 そこでピノと二階に上がり、トイレの前に行くと、ピノがトイレに向かって小さく「ワン」と吠えた。ボクは暗いトイレの中に、何かが潜んでいるような気もしてゾッとしたが、思い切って扉を開けてみる。中はいつものトイレだったが、今度はピノが水洗トイレのタンクに向かって、「これじゃないの」というように、また「ワン」と吠えた。確かに、タンクの中から「シー、シー」と小さな音が聞こえてくる。ボクは、陶器製のロータンクの蓋を取り、中をのぞいてみた。すると、水道管に繋がっている細い管から、時々水が噴き出している。しかも「ドン」という音がすると同時に、水が管の穴から噴き出すのだ。
 「なーんだ。ウォーターハンマーだったのか」水道の水を勢いよく出している時に、急にレバーで水を止めると、ドーンと水道管から音がする現象のことだ。「水撃」とも言うが、それにしても水道をまったく使っていない時間帯に音がしてたので、ウォーターハンマーだったとは、思いもよらなかった。

 数日後、謎の音は解消した。水道局に問い合わせたところ、ボクの家の水道管が、近くにある工業団地の水道管と接続しているので、おそらく最近工場に何らかの大きな設備が設置されたのだろう、とのことだった。深夜にも機械は定期的に稼働するので、その際に大きな水圧が水道管にまで伝わった結果、ボクに家の水道管までウォーターハンマー現象が起きたのではないか、という説明だった。
 ま~とにかく、原因が水道管側にあるので水道局が対策することになった。数日経ってから、水道局がボクの家に来て、水道管に水撃防止装置を取り付けると、音がしなくなったのだ。これで一件落着、メデタシ、メデタシ。

「ピノ、ポルターガイスト現象を解明してくれてありがとな」ボクはしゃがんでピノの頭をなでると、ピノは「簡単なことさ」と、自慢げな顔をした。
 だけど本当は、いくつものお皿が空中を飛び交う、本物のポルターガイスト現象を、ボクは見たかったんだけどな~

ピノとお散歩シリーズ

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